第240話:「アリツィア王女:4」
遠路はるばる援軍に来てくれたオルリック王国軍を、危険の大きい前線に置くことはできない。
エドゥアルドのノルトハーフェン公国軍と同じ後方にアリツィアたちオルリック王国軍が配置されたのは、表向きはそういった配慮だったが、実際には勝手に戦端を開くことができないようにという、皇帝、カール11世の思惑によるものだった。
アリツィアは自軍のそういったあつかいからも皇帝の消極さを理解したが、それでも、あらためて開かれた軍議の席でサーベト帝国軍に攻撃することを主張した。
皇帝は攻撃について消極的であっても、諸侯はそうではないと、その可能性をアリツィアは捨てきれなかったのだろう。
しかし彼女は、軍議の結果に落胆するしかなかった。
攻撃に消極的なのは皇帝だけではなく、タウゼント帝国の諸侯の、ほとんど総意であると軍議の席ではっきりとしてしまったからだ。
なぜ、包囲下にある民衆を救おうとしないのか。
自分たちには、そうするだけの力があるのに。
いったいなんのために兵を集め、訓練し、武装させているのか。
タウゼント帝国の諸侯に対し、アリツィアはエドゥアルドが感じるのと同種の怒りを覚えた様子だったが、彼女はぐっとこらえて、喉まで出かかった言葉を飲み込んでいた。
自分はオルリック王国の王女とはいえ、今回は援軍としてやってきている。
つまり指揮権はタウゼント帝国側にあり、そのタウゼント帝国軍の方針に対して強く意見することは、指揮権に対する反逆となるだけではなく、今後のタウゼント帝国とオルリック王国との外交関係にも影響してくるかもしれない。
その意識が、アリツィアを自制させたのだ。
そうして結局、オルリック王国軍が到着してから開かれた軍議も、このまま様子見を続けるだけで、守りを固め、なにもしないということが決まってしまった。
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「なるほど、そういうことだったのか……。
次期皇帝選挙に向けた駆け引きがもう、始まっているのか……」
軍議の結果に、大きく落胆させられたあと。
エドゥアルドから「気分直しにお茶でもいかがだろうか」と誘われ、ノルトハーフェン公国の野営地を訪れたアリツィア王女は、エドゥアルドからタウゼント帝国の諸侯が攻撃に消極的な理由を知らされ、納得したように、そして悩ましそうにうなずいていた。
アリツィア王女は、遠路はるばる援軍にやって来た疲れが出たのか、それとも軍議の席での落胆のためか、どこか疲れたような様子だ。
しかし、天気がいいからと天幕の外に用意されたイスに腰かけるその姿は気品があるもので、さすがは一国の王女、という風格を保っている。
「僕が言うべきことではないかもしれませんが、遠路はるばる援軍に来ていただいたにもかかわらず、申し訳ないことです」
「ああ、いや……。
私の国でも似たようなものだから、皇帝陛下のご苦労は、よくわかるつもりだ」
申し訳なさそうに頭を下げたエドゥアルドに、ルーシェがいれてくれたコーヒーの入ったコーヒーカップを手に取りながら、アリツィアは苦笑する。
「私の祖国、オルリック王国でも、諸侯の力は強い……、いや、タウゼント帝国よりも、もっと悪いかもしれない。
なにしろ、私の国では、諸侯の全会一致が基本だからね」
アリツィアの口調は、初対面の時よりもずいぶん、気さくな、砕けたものになっている。
帝国内部の事情を理解し、エドゥアルドが自分と近い考え方をしていることや、少し年下でもあることを知って、打ち解けてきているのだ。
「全会一致、というのは……、1人でも反対すれば、なにもできない、ということでしょうか? 」
「そう。
おかげで、父上は大層、苦労をされている。
なにかしようとしても、貴族たちの既得権益が少しでも傷つけば、反対、反対、の大合唱。
ましてや、ただ1人の反対だけでも、なにも決められなくなってしまうのだから」
驚いた様子でのエドゥアルドからの確認に、アリツィアは自嘲するような笑みを浮かべてうなずいた。
「ところで、エドゥアルド公爵。
公爵殿は、自国で最近、議会というものを開いたとか? 」
「よく、ご存じで」
それからアリツィアの口から出てきたその言葉に、エドゥアルドは驚かされる。
ノルトハーフェン公国で選挙を実施し、議会を開いたことは、タウゼント帝国の諸侯の間に小さくない波紋を生み出したことはすでに知っていたが、隣国の王女までもがそのことを知っているとは思っていなかったのだ。
「エドゥアルド公爵。
あなたのことは、我が国でもかなり、有名なんだよ。
若年なのに、自国領をずいぶんと活気づけているだけでなく、奇抜な試みを行っている公爵がいる、ってね」
驚いているエドゥアルドにアリツィアはそう言って微笑むと、それから、真剣な表情を作って、エドゥアルドのことをまっすぐに見つめる。
「おもしろい試みだとは思うけど、注意した方がいい。
人間、一度手にした利益なり、権利なりは、その後も自分の手にあって当然、と思うものなんだ。
だからきっと、エドゥアルド公爵が良かれと思って、国政に参画する権利を民衆に与えたのだとしても、将来、なにか不都合があってそれを奪おうとすればとたんに、大きな反発を生むことになる。
私の国も、タウゼント帝国も、おそらくはそういう反発に対処できなくて、古くからの制度を変えることができずに来てしまったのだろう。
もっとも、エドゥアルド公爵はすでにご存じのことで、私なんかが口出しするようなことではないかもしれないけどね。
けれど、注意しないと、父上のような苦労をすることになってしまうからね」
「いえ、大変、参考になることをお教えいただきました。
ご忠告、確かに承ります」
アリツィアからの言葉に、エドゥアルドは深くうなずいてみせる。
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