第237話:「アリツィア王女:1」

 エドゥアルドが呆気に取られていると、素顔をあらわした有翼重騎兵(フサリア)の女性は、エドゥアルドたちに向かって一礼した。


 その一礼のしかたは、淑女(しゅくじょ)というような大人しい印象ではなく、前線で兵士たちを鼓舞して戦うようなたくましさと、しっかりと芯の通った考え方を持つ、1人の人間としての意志の強さのようなものを感じさせるものだった。


「お初にお目にかかります、エドゥアルド公爵殿下。


 私の名は、アリツィア・オルリック。

 この度、我が父、オルリック王の命により、有翼重騎兵(フサリア)2千騎、歩兵2万を率いて、参陣いたしました。

 先陣として有翼重騎兵(フサリア)、やがて歩兵たちがやって参ります。


 まずは皇帝、カール11世陛下へのご挨拶を申し上げたく思います。

 エドゥアルド公爵、お手数とは存じますが、陛下へのお目通りの手引きをいただけないでしょうか? 」


 アリツィアの言葉に、エドゥアルドはすぐには反応を示すことができない。


 女性が、騎士のような格好をして、戦場へとやってきている。

 それだけでも十分すぎるほどの驚きであったのに、その女性は、オルリック王国の王女でもあるのだ。


 アリツィア・オルリックという名から、そのことがわかる。

 今、目の前にいる女性は、オルリック王国の王位継承順位第二位の、アリツィア王女なのだ。


「あの、エドゥアルド公爵殿下?

 いかがなされたのでしょうか? 」


 なかなか返答しないエドゥアルドの様子に、アリツィアは怪訝(けげん)そうに、そして愛らしさのある仕草で、小首をかしげる。


 エドゥアルドは、アリツィアとは初対面であるだけではなく、他国の王族と会うことも初めてだった。

 そのために、なかなか、言葉が出てこない。


 なんというか、距離感というか、どんなふうに接したらよいのかが、まるでわからないのだ。


 相手は、王女で、エドゥアルドは公爵。

 呼び方は異なるが、その身分は、実質的に対等なものに近い。


 タウゼント帝国における公爵とは、皇位継承権を有する存在で、王女とは王位の継承権を有する存在。

 つまりは、エドゥアルドもアリツィアも、それぞれの国家の元首となる可能性を持っている。


 対等な立場の、しかもエドゥアルドとほとんど年齢の変わらない、異性。

 そんな存在と、エドゥアルドはこれまで出会ったことがなかった。


「ふおおおぉ~っ!


 すっごい!

 すっごい、カッコいいのです! 」


 その時、唐突に歓声をあげたのは、ルーシェだった。


「かっこいい、鎧!

 かっこいい、お馬!

 それに、それに、アリツィアさまも、とっても、とっても、かっこよくて、きれいなのです! 」

「うふっ。あまりほめられると、くすぐったい感じがするな」


 そのルーシェの純粋な賛辞に、アリツィアは少し恥ずかしそうに微笑む。


 ルーシェはエドゥアルドの側近くに仕えてはいるが、やはり、1人のメイドに過ぎない。

 そんなルーシェがアリツィアに向かって話しかけるなど、普通ならあり得ないような話だったが、ルーシェが心からアリツィアのことを称賛しているのがわかるのか、幸いにもアリツィアは気分を害してはいないようだった。


 ヒヤリ、とするような状況だったが、エドゥアルドは、この場にルーシェがいたことに感謝もしていた。

 彼女のいつも通りの声で、エドゥアルドは我を取り戻すことができたからだ。


「遠方からの援軍、大変心強く、感謝を申し上げます、アリツィア殿。

 僕が、ノルトハーフェン公爵・エドゥアルドです。

 以後、どうぞ、お見知りおきください。


 それと、僕のメイドが、大変失礼なことをいたしまして、申し訳ございません。

 後でしっかりと言い聞かせておきますので、どうぞ、お許しください」

「はっ、はわっ!? 」


 冷静さを取り戻したエドゥアルドがアリツィア王女にあらためて自己紹介をし、そう言ってルーシェの非礼を詫びて頭を下げると、ルーシェはまた自分が大失敗を犯していたことに気づき、表情を青ざめさせ、慌てて「申し訳ございませんです! 」と、勢いよくツインテールを揺らしながら深々とお辞儀した。


 そのルーシェの様子に、アリツィアは苦笑する。


「かまわないさ。

 なかなかおもしろい、かわいらしいメイドじゃないか。


 それで、エドゥアルド公爵殿。

 カール11世陛下は、どちらにおられるのでしょうか?

 参陣のご挨拶をし、我が軍はどのように働けばよいのか、おうかがいしたく思うのだけど」

「皇帝陛下は、あちらにおられます。


 僕のメイドの非礼のお詫び、となるかは存じませぬが、僕がアリツィア王女殿を直接、ご案内させていただきましょう」

「ああ、それは、助かります。


 ぜひ、お願いいたします」


 怒っていない様子のアリツィアの声を聞き、顔をあげてエドゥアルドが自ら案内を申し出ると、アリツィアは素直にうなずいた。


 すでに、援軍としてやってきた有翼重騎兵(フサリア)たちはノルトハーフェン公国軍の野営地に迎え入れられており、後続の2万の歩兵部隊もその隊列が見え始めている。

 アリツィアとしては一刻も早く皇帝に参陣の挨拶を済ませ、現在の戦況や、援軍としてやってきたオルリック王国軍をどこに野営させるかなど、様々な打ち合わせを済ませたいところなのだろう。


「承知いたしました。

 でしたら、僕も馬を用意いたします。


 ひとまずは、オルリック王国軍の方々には、我がノルトハーフェン公国軍の野営地でご休息いただければと思います」

「それは、助かります。

 どうぞ、よろしくお願いいたします」


エドゥアルドがそう言うと、アリツィアは安心したように微笑んでうなずく。


「アントン殿。

 オルリック王国軍の方々の仮の収容の手配、お願いいたします」

「承知いたしました、公爵殿下」

「ルーシェは、僕のテントに戻って、片づけなどしておいてくれ」

「かっ、かしこまりました、エドゥアルドさま! 」


 それからエドゥアルドは後のことをアントンにたくし、ルーシェにいったん下がって後片づけなどをすましておくように指示すると、アリツィアを案内してカール11世のところへと向かうため、アリツィアを先導して歩き出していた。

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