第236話:「有翼重騎兵(フサリア)」

 オルリック王国からの援軍は、当然だが後方からやってきた。

 だから、必然的に後方に下げられていたエドゥアルドのノルトハーフェン公国軍が、この予想外の援軍をまっさきに出迎えることとなった。


 サーベルを元の位置に立てかけ直したエドゥアルドは、ルーシェと共に天幕の外に出ると、「援軍だ、援軍だ」と喜び合っている兵士たちの視線が向いている方向へと振り向く。


 その先には、援軍としてやってきたのだというオルリック王国軍の姿があったのだが、その姿を目にしたエドゥアルドは、驚きで目を丸くしていた。


「なに……、あれ?


 天使さまたちの、軍隊? 」


 エドゥアルドと一緒に天幕から出てきたルーシェも、驚いてその場に立ちつくしながら、そう呟いていた。


 ノルトハーフェン公国軍の陣営に近づいてきているオルリック王国軍は、騎兵だった。

 それも、歩兵がかまえた槍や銃剣のさらに外側から攻撃できるよう、特別長く作られた長槍を装備し、赤い服の上に鈍色に輝く勇壮な甲冑を身に着けた、古風ないでたちの重騎兵だ。


 そして、その重騎兵たちの背中には、羽が生えている。


 白く美しく輝く、天使のような羽を備えた、有翼重騎兵たち。


「あれは、有翼重騎兵(フサリア)でございますな」


 いつの間にかエドゥアルドたちの近くにやってきていたアントンが、感心したような口調でそう教えてくれる。

 オルリック王国軍の到着を受け、エドゥアルドからなにか指示があるかもと、急いで駆けつけたのだろう。


「オルリック王国で古くから編成されて来た、精強な騎兵部隊です。

 歴史上、何度も大きな活躍を示した伝統と栄光ある部隊ですが、火器が全盛のこの時代に、まだオルリック王国で健在であったとは思っておりませんでした。


 見たところ、ざっと、2000騎ほどもおりましょうか。

 援軍としてお越しいただいたのであれば、なかなか、心強いお味方です」


 エドゥアルドはアントンの方を一度振り向き、それから、ぞろぞろと隊列を組んでこちらへと向かって来るオルリック王国軍の姿へと視線を向けなおす。


「有翼重騎兵(フサリア)……」


 そしてエドゥアルドは、その特徴的な外見の騎兵たちの名を呟いた。


 軍隊というのは、案外、その見た目に気を使うものだった。

 兵士たちが身につける軍服は、兵士たちが兵士たちであるというその身分を明らかにするというだけではなく、その外見を美しく、威容のあるように整えることで、それを身につける兵士たちを鼓舞し、気持ちを引き締めて規律を保たせ、対峙する敵を畏怖させるという機能を持っている。


 戦列歩兵同士の戦いは火器を用いたものとなるが、しかし、互いの表情がわかるほどの距離にまで接近して戦うことが多かった。

 そうやって敵と対峙して戦うことが多いから、兵士たちが身につける軍服による威圧の効果は無視できないものであり、このために軍服は鮮やかな色づかいで派手に、華やかに作られている。


 その、軍としての威容を示すために生まれた軍装の1つの極致が、今、目の前にある有翼重騎兵(フサリア)たちであるように思えた。


 たくましい軍馬たちにまたがった、輝く鎧を身にまとった重騎兵たち。

 その姿は騎士をほうふつとさせるもので、古風なものではあったが、その姿から感じ取れる威容は、今でも鮮烈な印象を残す。


 彼らの姿を1度目にした者はきっと、その姿を一生、忘れることはないだろう。


「しかし、アントン殿。

 なぜ、オルリック王国が、我がタウゼント帝国に援軍など派遣してきたのだろうか?


 少なくとも、我が国とかの国とでは、明確な同盟関係はなかったように記憶しているが」

「それは、私(わたくし)にも見当がつきませぬが……、どうやら、援軍にお越しいただいたというのは、間違いないことであるようです」


 エリックの口から出てきた疑問の言葉に、アントンは少し申し訳なさそうな声で答えた後、その視線を、ノルトハーフェン公国軍の陣中に先ぶれとして入って来た有翼重騎兵(フサリア)へと向けていた。

 どうやら、兵士たちがオルリック王国からの援軍だと歓声をあげていたのは、先ぶれとしてやってきたあの有翼重騎兵(フサリア)が大きな声で兵士たちにそう知らせて回ったかららしい。


 援軍の到着を歓迎するノルトハーフェン公国軍の兵士たちに取り囲まれていた先ぶれの有翼重騎兵(フサリア)は、なにごとかを兵士たちにたずね、その兵士が帽子を振ってエドゥアルドたちの方を指し示すと、馬を軽く駆けさせてこちらへと向かって来る。


「ノルトハーフェン公爵、エドゥアルド殿は、いずこにおられる!? 」


 そしてエドゥアルドたちの前まで馬で乗りつけると、その有翼重騎兵(フサリア)は、エドゥアルドたちに向かってそうたずねた。


 面頬の下からだったが、よくとおる、美しい声だ。

 男性のものにしては高い声で、女性の声のように聞こえ、エドゥアルドは少し怪訝(けげん)に思う。


 そもそも、ルーシェたちのようなメイドたち、女性たちを戦場に引き連れてきていることは、異様なことなのだ。

 戦場に出るにはどうしても体力的に優れる男性の方が適していたし、ましてや、勇壮な甲冑姿の有翼重騎兵(フサリア)が女性であるとは、エドゥアルドには考えられなかった。


「僕が、エドゥアルドだ」


 もしかすると、エドゥアルドと同じか、さらに若い少年なのかもしれない。

 そう思いつつエドゥアルドが前に進み出て名乗ると、その有翼重騎兵(フサリア)は、一瞬だけ驚き、たじろいだ様子だった。


 向こうも、エドゥアルドのような10代半ばの少年がノルトハーフェン公爵だとは考えていなかったのだろう。


「これは、失礼いたしました。

 知らぬこととはいえ、非礼、心よりお詫び申し上げます」


 だが、有翼重騎兵(フサリア)の動揺は、一瞬だった。

 彼は女性のような声で、真摯(しんし)な様子で謝罪すると、急いで馬から降りると、かぶっていた兜を取って、その素顔を明かす。


 兜の中に隠されていた長い亜麻色の髪が、抑えを失ってサラサラと舞い落ちる。

 あらわれたのは、はっきりとした印象の栗色の瞳を持つ、整った容姿。


 その姿に、エドゥアルドは心底、驚かされる。

 勝手に男性だと思っていたその有翼重騎兵(フサリア)は、どう見ても、女性だったからだ。


※作者注

 本話で登場した有翼重騎兵(フサリア)ですが、実在する重騎兵部隊です。

 ポーランドに存在した強力な重騎兵部隊で、背中に羽を持ったその外見といい、多くの戦場で示された精強さといい、熊吉が大好きな重騎兵部隊です。


 欧州最強と言われることもあるほどの存在ですし、なにより、あのイカす格好をした重騎兵が、歴史上に「実在した」という点がもう、たまらないですね!


 フサリアの一番の活躍はやはり、オーストリアのウィーンが包囲されたのを救出した戦いで示したもので、今回の戦争は、想定する時代が異なりますが、フサリアがその威力をあらわしたその戦い(17世紀後半に行われた第二次ウィーン包囲)を一部、本作のモチーフとさせていただいています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る