第234話:「思惑」
ベネディクトの笑いは、積極策を主張するエドゥアルドとユリウスに感心しているようでいて、実質的にはその意見を否定するものだった。
「確かに、サーベト帝国軍より、我がタウゼント帝国軍の方が、質では上であろう。
それに、籠城軍に対し、救援の意志を示さねばならぬというのも、その通りかもしれぬ。
しかしながら、敵は、そうやって我が方が攻めかかるのを、今か今かと、待ちかまえておるのだ」
シン、と静まり返って諸侯が注目する中、ベネディクトは、なぜ、エドゥアルドとユリウスの主張する積極策がいけないのかを語って見せる。
それはおおむね、アントンの主張するところと同様のものだった。
サーベト帝国軍は兵力を集中し、タウゼント帝国軍を後詰め決戦で打ち破り、この戦争の勝敗を決しようとしている。
ほとんどアントンが主張していた内容と同じことを、ベネディクトは説明した。
「敵が我が方の攻撃を待っている以上、こちらから攻めかかるのは得策とは申せますまい。
しかも、敵は大軍。
補給には相当、苦労しておるはず。
ならば、このまま敵をにらみ続け、ヴェーゼンシュタットを強攻できぬようにしておけば、時が経てば自然と敵は引きましょう。
一兵も損なうことなく目的を達することができるのなら、また、これにまさることもございますまい」
そのベネディクトの言葉に、諸侯から次々と賛同する声があがる。
エドゥアルドやユリウスが発言した時とは、まるで異なる光景だった。
(おべっかを、使っている)
エドゥアルドはまた、苦々しい思いで、ひっそりと両手の拳を強く握りしめていた。
ベネディクトが主張しているようなことは、エドゥアルドだってわかっている。
アントンからすでに同様の見解を聞いているし、それを知ったうえで、エドゥアルドは敵情を観察して、ノルトハーフェン公国軍の単独では無理でも、タウゼント帝国軍が全力で攻撃すれば勝機があると判断したのだ。
確かに、敵は大軍であり、待っていれば補給が足りなくなって、自然と撤退するかもしれない。
しかしそれが実際にいつのことになるのかは誰にもわからないことであり、その間、籠城を強いられるズィンゲンガルテン公国の民衆が受ける労苦は、多大なものとなる。
だからこそエドゥアルドは、この戦役を短期間で終結させたかった。
だが、諸侯はエドゥアルドの主張には耳を貸さず、ベネディクトの主張には耳を貸す。
自分が、若すぎるから。
そう思うと、エドゥアルドは自分の若さが恨めしく思えてくる。
「どうやら、いましばらく様子を見ることが肝要であるようだな」
軍議の雰囲気は、完全に日和見を継続することで固まってしまっていた。
そしてその雰囲気を感じ取った皇帝・カール11世は、おもむろにそう発言して、軍議に一応の決着を与える。
「各自、警戒を怠ることなく、戦に備えよ。
本日の軍議は、これにて、解散とする」
そしてその皇帝の言葉で、軍議は終幕となり、集まった諸侯と将校たちは解散していった。
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「ああ、腹が立つ! 」
軍議を終え、ノルトハーフェン公国軍の陣営まで戻って来たエドゥアルドは、怒っていた。
「ベネディクト公爵が、まさか、あのように消極的なお人だったとは。
勇猛な武人のようなお方と聞いていたが、きっと、その評判は間違いだったのだ」
「エドゥアルドさま、コーヒーは、いかがでございますか? 」
そんなエドゥアルドに、メイドのルーシェが、できるだけいつもの口調と笑顔を崩さずにコーヒーをすすめて来る。
エドゥアルドが怒り、いら立っているのを、ルーシェなりになんとかなぐさめようとしているのだろう。
「もらう」
エドゥアルドはぶっきらぼうな口調で、ルーシェのコーヒーをもらうことにする。
そしてルーシェのコーヒーを飲むと、エドゥアルドはほんの少しだけ落ち着くことができた。
「ベネディクト公爵には、思惑がおありになるのでしょう」
エドゥアルドが落ち着くのを見計らうと、軍議の最中も、そして今も、いつもの柔和な笑みを崩さずにいるヴィルヘルムが、そう声をかける。
エドゥアルドが人の話を聞ける状態になるまで、待っていたのだろう。
「思惑、とは? 」
「ベネディクト公爵は、次期皇帝選挙での有力候補でございます。
そして、フランツ公爵もまた、そうでございます。
そういった関係でございますから、おそらく、ベネディクト公爵はこの際、皇帝選挙に向けて、自身の影響力を高めようとお考えなのでしょう。
サーベト帝国を利用し、フランツ公爵のズィンゲンガルテン公国を少しでも弱体化させ、そして、十分にズィンゲンガルテン公国が弱ったところでおもむろに救援し、フランツ公爵にも「窮地を救ってやったのだ」と、恩を高く売りつける。
そのような計算がおありになるのでしょう」
「……ム」
エドゥアルドはそのヴィルヘルムの説明に顔をしかめながら、ずっ、とルーシェのコーヒーを喉の奥へと流し込む。
「なら、僕は、どうすればいいのだ? 」
そしてエドゥアルドは、率直に、ヴィルヘルムにそうたずねる。
若さゆえに諸侯の多くはエドゥアルドよりもベネディクトを支持し、その意見に従う。
そんな状況では、エドゥアルドがどんなに攻撃を主張しても通らないし、戦況は膠着(こうちゃく)し続けることとなる。
それは、嫌だ。
言葉の中にそのような意思が見え隠れするエドゥアルドからの問いかけに、ヴィルヘルムはうなずいて答える。
「今は、機会をお待ちくださいませ。
いずれ、公爵殿下にとって望ましい状況が訪れ、公爵殿下のなさりたいようにすることができる、そういう時が参るでしょう。
ただ、殿下は今回、ご自身のお立場をはっきりとお示しになるべきです。
民衆を第一とお考えになる、殿下のそのお心を、隠す必要はございません。
貴族たちの思惑がどうであろうと、民衆にとってそれは、理不尽なことでしかありません。
殿下が常に民衆のことを気にかけておられたことを知れば、必ず、民衆はこぞって殿下のことを支持するでしょう。
そしてそれは、殿下にとって、なによりのお力となるはずです」
結局、エドゥアルドがやれることは、そうして着実に[自分]という存在を示していくことだけであるようだった。
「わかった。
そう心がけよう」
エドゥアルドは憮然(ぶぜん)とした表情ながらもそうヴィルヘルムに言うと、ゴクゴクと、残っていたコーヒーを一気に飲み干して、怒りや不満も一緒に体の中に落とし込んだ。
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