第233話:「日和見:2」
タウゼント帝国軍の日和見は、続いていた。
帝国軍中枢には、帝国諸侯らに命令を強制するだけの権力も力量も、その意志さえなく、敵軍を前にして手をこまねいている。
その光景を、いったい、ヴェーゼンシュタットに籠城している人々はどのような思いで見ているのだろうか?
エドゥアルドは正直言って、ズィンゲンガルテン公爵・フランツに、あまりいい印象は抱いていない。
政治的な調整能力などは高いと思うのだが、しかし、そのやり方は回りくどくて巧妙な、[貴族の政(まつりごと)]そのもので、見ていて心地よいものではない。
しかしそれでも、同じ国家に属する友邦だった。
そしてなにより、ヴェーゼンシュタットには多くの民衆も取り残されている。
異文化の敵。
共通点が少なく、互いへの共感の小さい民族同士での戦いで発生する民衆への被害は、甚大(じんだい)になりやすい。
同じ文化で相手への共感が強いのなら、略奪をするにしても多少の容赦というか、手加減のようなものが生じやすい。
しかし、異民族に対する略奪は、容赦のないものとなりやすいのだ。
もし、ヴェーゼンシュタットが陥落してしまえば。
そこにいた民衆は、多くが傷つくことになるだろう。
エドゥアルドの若い正義感は、為政者としての矜持は、たとえ自国の民衆でなくとも、そのような事態をとても容認できなかった。
「僭越(せんえつ)ながら、私(わたくし)は、ただちに攻撃を開始するべきだと思います」
日和見が続いたある日、とうとうこらえきれなくなったエドゥアルドは、アントンやヴィルヘルムにも相談したうえで、軍議の席で立ちあがり、そううったえかけていた。
「敵は、確かに大軍です。
また、こちらの攻撃に備え、十分な防備も固めています。
しかし、その軍の質は、高くはありません。
サーベト帝国軍の装備は旧式で、中には銃さえもたず、剣や槍を装備している部隊さえ混ざっております。
それも、相当な数です。
それに対して、我がタウゼント帝国軍は少数ながらも、新式の装備で武装しております。
銃の性能だけでなく、砲の数と性能でも、大きく上回っております。
私(わたくし)には、サーベト帝国軍は戦って勝てぬ相手とは、思えませぬ。
また、籠城している友軍に対し、現状のまま日和見を決め込むのは、あまりにも甲斐性がないというものでございましょう。
敵を打ち破るまでには至らずとも、見ているだけではなく実際に戦って見せ、我が方に救援の意志があることを示さなければ、後日、フランツ公爵になんと申し開きができましょうか。
また、そうせずして、どうして籠城軍の意気があがりましょうか」
そのエドゥアルドのうったえかけに、多くの諸侯は反応を示さず、渋い顔でだんまりを決め込んでいる。
それは、エドゥアルドの主張に納得できない、というよりは、エドゥアルドの言うことだから聞きたくない、というような様子だった。
(僕は、妬まれているのか……)
エドゥアルドは沈黙する諸侯を見回した後、そう苦々しく思いながらイスに腰かける。
ヴィルヘルムに、事前に指摘されていた通りだった。
諸侯は、これまでのエドゥアルドの功績を認めつつも、若くして公爵としての権力を手にし、成果をあげているエドゥアルドのことを、快く思っていない。
エドゥアルドがノルトハーフェン公国で実行して来た改革が、これまでの貴族社会を否定するようなものであることも、大きいようだった。
「私(わたくし)も、エドゥアルド公爵に賛同いたします」
諸侯がエドゥアルドの意見を黙殺する中、賛同の声をあげたのは、ノルトハーフェン公国とは盟友関係にあるオストヴィーゼ公国のユリウス公爵だった。
「エドゥアルド公爵がおっしゃったとおり、敵は多数と言っても、旧式装備の部隊が数多く含まれております。
そんな敵に対し、優れた銃火器を豊富に有する我が軍が攻撃をしかければ、無勢とはいえ十分に勝機はあるものと思います。
それにやはり、友邦の救援に駆けつけながら、一戦もせずに見守るだけなど、あまりにも不甲斐ないと存じ上げます」
そのユリウスからの援護射撃に、ぱらぱらと、賛同する声が諸侯の中からあがる。
主に帝国北方の諸侯たちで、エドゥアルドのノルトハーフェン公国とは経済的な結びつきあがったり、親密な関係を結んでいたりする諸侯たちだった。
しかし、賛同する声はそれ以上、広がらない。
諸侯の多くは、ユリウスがエドゥアルドとは義兄弟であることを知っていたし、ユリウスの意見はエドゥアルドと打ち合わせたものと思われているようだ。
それに、ユリウスも十分に、若い。
エドゥアルドに対するのと同じように、諸侯はユリウスのことも妬ましく思っている様子だった。
軍議は、再び沈黙する。
皇帝・カール11世は半ば眠っているような様子でことの成り行きを見守っているし、帝国軍全体を統括するべき役割にいる新任の帝国陸軍大将は、諸侯の顔色をうかがいながら、しきりに冷や汗をハンカチでふいている。
「ふっ、あはははははっ!
いや、これは、いい!
エドゥアルド公爵も、ユリウス公爵も、実に、血気盛んなことよ! 」
その時、豪快な笑い声があがった。
「しかし、2人とも、あまりにも若い!
いや、実に、若すぎる! 」
そうして衆目を集めたのは、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトだった。
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