第231話:「異文化の軍隊:2」
エドゥアルドは望遠鏡を手にし、異文化の敵の姿を詳細に確かめようとする。
異様な姿の敵に対して気圧されるような気持はあるものの、エドゥアルドは決して、ここで負けるつもりなどなかった。
そうであるのだから、敵の姿をはっきりと確認して、自分が戦うべき、勝利するべき敵がどんな存在なのかを、エドゥアルドはきちんと確かめておく必要がある。
「ふわぉ~っ!!
すっごい、すごい、眺めなのです! 」
エドゥアルドは悲壮な覚悟を持って敵の姿を見定めようとしていたのだが、そんなエドゥアルドの頭上から、無邪気に感心するようなルーシェの言葉が降って来る。
まずは、敵の姿を確かめよう。
そう思って見晴らしの良い高台に向かったエドゥアルドについてきたルーシェは、そこで手ごろな木を見つけると、「私、木登りは得意なんです! 木の実、よく食べてましたから! 」と自慢げに言って、するすると登って行ってしまったのだ。
そして木の上から敵の姿を一望したルーシェは、のんきに、その光景に感心したらしい。
エドゥアルドは望遠鏡から目を離すと、憮然(ぶぜん)とした顔で木の上を見上げる。
するとルーシェは、まるで猫のようなバランス感覚で木の枝の上に立ち、おでこに手を当ててひさしを作りながら、危機感のない様子でサーベト帝国軍の様子を眺めていた。
シャルロッテがもしこの場にいたら、ルーシェを「はしたない」とたしなめていたことだろう。
しかし彼女はエドゥアルドの身の回りのことはルーシェに任せているから、今はマーリアなどを手伝って、包帯所の設営準備を行っている。
エドゥアルドは、ルーシェに文句の1つも言ってやりたいような気持だった。
普段なら、彼女ののんきさはむしろエドゥアルドの気分を明るくしてくれるもので好ましくもあるのだが、異文化の敵の大軍を前にして畏怖するような気持になっていた今のエドゥアルドには、さすがに今のルーシェの態度は嬉しくなかった。
「あっ、エドゥアルドさま、見てくださいませ!
あそこ、あそこにいる兵隊さんたち!
お腰に剣を下げているだけで、鉄砲を持っていないのです! 」
エドゥアルドが憮然(ぶぜん)とした表情で睨んでいることにも気づかず、ルーシェはきゃっきゃとはしゃぎながら、一点を指さした。
(銃を持っていない、敵? )
エドゥアルドはルーシェののんきさにあきれるしかなかったが、しかし、気になる言葉を聞いて、慌てて望遠鏡での観察を再開する。
「ルーシェ、どこだ? 」
「えっと、えっと!
大きな大砲を作っている場所の、近く!
その右側、です! 」
望遠鏡で区切られたエドゥアルドの視界では、ルーシェの言う、剣しか持っていない敵の姿は簡単には発見できない。
ルーシェにたずねると、彼女はなんとか目標物をエドゥアルドに知らせてくれた。
「……本当だ」
そうして、ルーシェの言う敵の姿を確かめることができたエドゥアルドは、素直に驚いていた。
本当に、銃で武装していない。
武器らしきものは、腰に下げた剣だけ。
しかも、今では一部を除いてすっかり廃れてしまった、鎧まで身に着けている。
(なぜ、あんな部隊がいるのだ? )
エドゥアルドは望遠鏡で、数百年前の世界からやってきたような敵の姿を見続けながら、眉をひそめる。
火器が発達した時代に生まれ、火器の大規模な使用を前提とした戦争しか知らないエドゥアルドにとって、剣とは護身用の武器であって、このような本格的な軍事作戦ではほとんど役立たないものでしかなかったからだ。
「端的に申し上げて、サーベト帝国は、我がタウゼント帝国よりもさらに、旧態依然としているのでございます」
エドゥアルドの疑問を、見抜いたらしい。
かたわらでひかえていたヴィルヘルムが、いつもの柔和な笑みを浮かべながらエドゥアルドに教えてくれる。
「剣は、武人の魂。
我が国にもそのような意識は多少なりとも存在いたしますが、サーベト帝国ではその意識がより強く残っているのでございます。
ですから、頑なに銃を装備することを拒否し、あのように、数百年前と見まごうばかりの装備で戦場に向かう部隊も、サーベト帝国には数多くあるのです」
「サーベト帝国の皇帝は、そんなことを許すのか? 」
「許してはおりませんでしょう。
ですが、強制することができないのです」
ヴィルヘルムの説明に、エドゥアルドは望遠鏡から視線をヴィルヘルムの方へと向ける。
「サーベト帝国では、皇帝に、軍役を定める権利もないのか? 」
「元々はございましたが、長い歴史の中で、特権的な立場を手に入れた部隊が数多くあるのでございます。
そういった者たちは、時折、皇帝の権威に従わず、手を焼かせるのだとか」
「なるほど……。
あるいは、つけこめるかもしれないな」
エドゥアルドは感心したようにうなずく。
こちらを圧倒する大軍とはいえ、剣と鎧で武装しているような旧式な部隊が混ざっているのであれば、実質的な戦力としての評価はかなり低いものとなる。
兵力でこちらが劣っていようと、勝ち目が見えてくるのだ。
「ひとまず、敵の装備などをもう少し詳しく探ってみよう。
ユリウス殿や、他の諸侯にもご助力を願って」
「御意にございます、殿下」
望遠鏡をしまいながらのエドゥアルドの言葉に、ヴィルヘルムがうやうやしく一礼する。
そんなヴィルヘルムに「うむ」とうなずいたエドゥアルドは、まだ木の上で興味深そうに敵の姿を眺めているルーシェを見上げ、少し怒ったような声で指摘する。
「今日は白、だな! 」
そしてエドゥアルドは、配下たちに敵情の偵察を行って装備を調べるように指示するため、スタスタと歩き出す。
その、背後で。
「あっ、エドゥアルドさま、待ってくださいまし!
……って、え?
今日は白だなって、なにがでございます……? 」
エドゥアルドを慌てて追いかけようと、木を降り始めたルーシェが。
「……きっ、きゃぁぁぁぁあっ!? 」
エドゥアルドの言葉の意味に気づいて、一瞬で顔を真っ赤にして動揺し、そして、悲鳴をあげながら木から落ちていた。
ルーシェは、ぼすん、と地面に尻もちをつく。
元々、さほど高さがなかった木から落ちただけなのでケガはしなかったものの、かなり痛そうに涙目になっている。
ルーシェはケガなどしないとわかっていたエドゥアルドは、振り返らない。
(いい気味だ)と思いながら、スタスタと歩き続ける。
「ま、待ってくださいませ、エドゥアルドさまぁっ! 」
そんなエドゥアルドの様子に、ルーシェは慌てて痛みをこらえながら立ち上がり、顔を真っ赤にしたまま、自身の恥ずかしさを少しでもかき消そうとでもするかのようにブンブン手を振り回しながら、駆け出していった。
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