第230話:「異文化の軍隊:1」

 敵は、タウゼント帝国との決戦を狙い、待ち受けているのかもしれない。

 そんな指摘を受けたエドゥアルドは、ユリウス公爵や他の諸侯たちとも相談し、警戒を強め、進軍速度を落とした。


 どうせ、勝手に戦端を開いては成らないと、そう命じられているのだ。

 ならば自分たちだけ急いで行ってもどうしようもないし、それは疲れるだけ。

 ならば敵の奇襲だけ受けないように警戒しながら、後続の部隊の到着をあまり待たずに済むように落ち着いて慎重に進むべきだと、エドゥアルドはそう考えたのだ。


 それに、エドゥアルドとユリウスが積極的に動いてなにか功績をあげたのだとしても、それを手柄、と認められることはないだろう。

 むしろ、功績をあげれば他の諸侯からねたまれ、勝手に戦端を開くなという皇帝からの命に背いたとそしられるだけだ。


 エドゥアルドは、後続の到着まで敵と戦うなという命令を受けた際に、確かに、諸侯たちにそういうことをしかねない雰囲気があるのを感じていた。

 エドゥアルドはラパン・トルチェの会戦ですでに功績をあげており、諸侯たちの中には、先鋒という大役を仰せつかってさらに功績をあげるチャンスを得たエドゥアルドを、妬ましく思っている者も少なからずいるのだ。


 エドゥアルドたちはサーベト帝国軍の待ち伏せや奇襲を警戒していたが、しかし、サーベト帝国軍はなんの行動も起こしては来なかった。

 どうやらタウゼント帝国の各地に散らしていた軍勢の集結を終えたらしかったが、時折ヴェーゼンシュタットに攻撃をかけはするものの、それ以上の大きな動きは見せていない。


 やはり、ズィンゲンガルテン公国からの救援を求める使者だけは、ひっきりなしに到着し、エドゥアルドも何度も陣中で使者と面会している。


 使者によれば、サーベト帝国軍はヴェーゼンシュタットの要塞を陥落させるため、なんと、現地で巨大な鋳造砲を作り始めたのだという。


 それは、大きく削りだした巨石を発射する大砲で、現地で鋳造して作るということもあってそう頻繁に、そして何発も撃てないような代物だったが、威力は高く、籠城しているフランツ公爵は城壁を突破されるのではないかと本気で心配しているらしい。


 ヴェーゼンシュタットから救援を求める使者が度々到着する一方で、不思議なことに、すでにエドゥアルドたちが増援として向かっているという事実を、籠城しているフランツ公爵らはまだ知らない様子だった。

 少なくとも、救援の使者として向かって来た者たちは誰も、このことを知らなかった。


 どうやら、ヴェーゼンシュタットを包囲しているサーベト帝国軍は、ヴェーゼンシュタットから出ようとする使者には妨害を加えないが、ヴェーゼンシュタットに入ろうとする使者は徹底的に妨害し、タウゼント帝国軍がオストヴィーゼ公国軍と連絡を取ることを阻止しているようだった。


 これはもちろん、タウゼント帝国軍が連携することを難しくしようという意図があってのことなのだろう。

 しかしエドゥアルドには、あえてタウゼント帝国軍を救援におびきよせて決戦し、一気に叩こうとしているのではないかというアントンの考えが正しいという、その証拠であるようにも思えた。


 敵が決戦を待ち望み、待ちかまえているのだとすれば、厄介だ。

 ヴェーゼンシュタットの包囲を打ち破ろうとタウゼント帝国軍が攻撃すれば、事前に決戦の準備を整えていたサーベト帝国軍に待っていましたとばかりに反撃され、なし崩し的に決戦が始まって、タウゼント帝国にとって不本意な結果となるかもしれない。


 エドゥアルドは、自分の改革によって生まれ変わりつつあるノルトハーフェン公国軍の能力を信頼している。

 だが、エドゥアルドが指揮しているノルトハーフェン公国軍は1万5千名に過ぎず、単独で行動するにはリスクがあまりにも大きい。


 エドゥアルドは、悩ましく思いながらも進軍を続けざるを得なかった。

 それが皇帝からの命令であったし、なにより、ズィンゲンガルテン公国は同じタウゼント帝国を構成する友邦、救わなければならない相手だったからだ。


 そしてとうとう、サーベト帝国軍によって包囲されているヴェーゼンシュタットを肉眼で見ることのできる位置にまで到達することとなった。


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 20万ものサーベト帝国軍に包囲されたヴェーゼンシュタットの周囲で、無数の、細長い煙が立ち上っている。

 それらは、ヴェーゼンシュタットを包囲しているサーベト帝国軍の陣中に作られた炊事用のかまから立ち上っているものだ。


 サーベト帝国軍は現地で巨石を発射する鋳造砲を作り始めたとは聞いていたが、どうやらこの地に腰をすえて、本気でヴェーゼンシュタットを陥落させるつもりであるらしい。

 その陣地は簡易的な野戦築城が行われ、煮炊きするための専用のかまどだけではなく、井戸まで掘られて、城塞を、さらに外側から城塞が包囲するような様相を見せている。


 サーベト帝国軍の陣中には、数えきれない数の軍旗がひるがえっている。

 緑色を基調とした生地で作られた軍旗には、サーベト帝国の王家、タージュ家を象徴する紋章が描かれ、「どうだ、これだけの陣地を攻撃などできないだろう」と、誇らしげにかかげられている。


 現地で鋳造されているという巨大な大砲の製造の様子も、見て取れた。

 巨大な鋳型が作られ、その近くには金属を溶かすためのかまも作られ、略奪によってかき集められた大量の金属が溶かされ、鋳型に流し込まれていく。


 そして、サーベト帝国の陣中からは、聞きなれない、異様な音色の音楽が聞こえてくる。

 それはサーベト帝国の将兵を鼓舞し、籠城するズィンゲンガルテン公国軍の将兵や、援軍に来たものの状況を遠目に見守るほかはないエドゥアルドたちタウゼント帝国軍を威圧するために、盛んに演奏されているものだった。


 音楽に用いられる楽器も違えば、サーベト帝国の将兵の風貌や衣装も、タウゼント帝国でよく見かけるものとは異なっている。

 サーベト帝国軍の陣中からは、風に乗ってうっすらと、かぎなれない、異国の香りが漂ってくるような気さえする。


 それは、異国の、異文化の軍隊だった。


 人種も、習俗も、宗教も、なにもかもが異なる、敵。

 その敵を前にして、エドゥアルドは思わず、身震いをしてしまう。


 それは、武者震いなどではなかった。


 今までに遭遇したことのない異質な敵を前にした、畏怖だった。

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