第229話:「後詰め決戦」

 エドゥアルドはタウゼント帝国の第一陣、先鋒部隊として進撃していったが、サーベト帝国軍にはなかなか遭遇しなかった。


 というのは、サーベト帝国軍は、そのほぼ全軍をズィンゲンガルテン公国の首都、ヴェーゼンシュタットの包囲のために集中していたからだ。


 タウゼント帝国南部への侵攻を開始した当初、サーベト帝国軍は40万を自称した大軍を各地に分散し、タウゼント帝国の諸侯の領地を攻撃し、小競り合いと略奪などをくり返していたが、現在は各地に分散した兵力を集めているとの報告が入ってきている。


「ヴェーゼンシュタットの攻略に苦戦しているのか。

 僕ら、タウゼント帝国軍の救援を知って、警戒しているのか」

「公爵殿下。


 私(わたくし)思いますに、サーベト帝国軍の狙いは、いわゆる後詰め決戦であろうかと」


 ヴェーゼンシュタットの救援に向かう途中、野営した折にノルトハーフェン公国軍の中での内々の作戦会議の場において、エドゥアルドの懸念に対しそう意見したのは、ノルトハーフェン公国の参謀本部のその初代参謀総長であるアントン・フォン・シュタム、元帝国陸軍大将であった。


「後詰め決戦、だと?


 つまり敵は、あえて僕らの到着を待ち、そこで決戦して、一挙に我が軍を打ち破ろうとしているというのか? 」

「左様でございます、公爵殿下」


 エドゥアルドの確認に、アントンは落ち着いた様子で、はっきりとうなずいてみせる。


 後詰め決戦というのは、城塞などの拠点を包囲し、相手の増援を呼び寄せ、その増援と決戦して打ち破ろうという作戦、あるいはそうなることを意図せずとも結果的に包囲軍と後詰め軍とが決戦になった場合を指す言葉だ。


 一般的に、攻撃側というのは不利な地理条件で戦うことを強いられるが、防御側は有利な地理条件で戦うことができる。

 防御側は元々、地理条件の有利な場所に防衛拠点をかまえ、攻撃側に対して待ち構えているからだ。

 だから、防御側は防衛施設の効果などと合わせて、攻撃側よりも少数で防衛することができる。


 しかし、後詰め決戦では、攻撃側が戦う場所を選ぶことができる。

 敵が失いたくないと思っている防衛拠点をエサにして敵軍をおびき出すことにより、どこで戦うかをある程度選ぶことができるし、攻守立場を入れ替えて、防御側の増援軍を待ち伏せすることもできるのだ。


 また、こういった後詰め決戦は、敵の主力軍を一気に撃破したい時にも用いられる作戦だ。

 失いたくない防衛拠点というエサで、本当ならば決戦を避けたいと考えている敵軍を決戦の場に誘い込み、撃破して、戦争の結果を左右するような勝利を狙うのだ。


 アントンは、その後詰め決戦をサーベト帝国軍が意図しているのではないかと言う。


「アントン殿がそう思われる、根拠は? 」

「主に2点、ございます。


 1つは、敵が兵力をヴェーゼンシュタット近辺に集結させつつあること。


 現状の我がタウゼント帝国軍は、総数で10万、ヴェーゼンシュタットに籠城しているズィンゲンガルテン公国軍と合わせましても、サーベト帝国の20万よりも劣ります。

 このような状況で、こちらに被害を与えつつ物資などを補充し、かつ、我が方の兵力を分散しようとする、かく乱のための部隊までも集結させるのは、兵力は集中させるべきとの基本原則にはかなっておりますが、いささか早すぎる判断であると存じます。

 よって、敵にはなんらかの思惑があるのだと、推察いたします。


 そして2つめ。

これが、私(わたくし)の考えの大きな理由なのですが、ズィンゲンガルテン公国からの使者がくりかえし、包囲網を突破して我が方の陣営に駆けこむことができている点です。


 ズィンゲンガルテン公国にも防衛の備えがございますから、抜け道等があるのかもしれませぬが、これほど頻繁に使者がサーベト帝国軍の包囲を突破して救援要請に参れるとは思えません。

 また、使者たちが毎度ほぼ無傷であったというのも、敵がわざと救援要請の使者を泳がせているのではないかと、疑わしく思われる理由です」


 アントンの説明に、エドゥアルドは「なるほど」と言ってうなずいてみせる。

 筋の通った意見のように思えた。


「ヴィルヘルム、貴殿はアントン殿のお考え、どう思われる? 」

「私(わたくし)も、敵が後詰め決戦を狙っているのは、十分にあり得ることと存じます」


 エドゥアルドが念のためにヴィルヘルムにも意見を求めてみると、ヴィルヘルムもうなずく。


「サーベト帝国軍が後詰め決戦を狙うのには、メリットがございます。


 まず、有利な条件で我が軍との決戦が可能となるということ。

 そしてその決戦に勝利すれば、ズィンゲンガルテン公国を含め、タウゼント帝国南方の諸侯の領地を大きく、我がタウゼント帝国から奪うことができます」


 ラパン・トルチェの会戦でエドゥアルドは実際に経験したことだったが、雌雄を決しようという決戦の場で敗れると、その被害は甚大なものとなる。

 そして甚大な被害を受けた側は、その軍を立て直すのに時間がかかる。


 もし、決戦に勝利した側が、さほど大きな被害もなく勝利していた場合。

 敗北した側は勝利した側の主力軍に対して抵抗するだけの力を長い時間、失うこととなり、その間、やられ放題のような状態になってしまう。


 そうなれば、タウゼント帝国は徹底抗戦するのではなく、大きく領土を割いて、なんとか一時的にでも講和をするしかないだろう。


 あとは、下り坂を、なんの制御もなしに転がっていく車輪のようなものだ。

 大きく領土を削られたタウゼント帝国がかつてほどの戦力を取り戻すのは難しく、次の戦争ではもっと不利な状況で戦わねばならなくなる。

 そうして何度も敗北をくり返していけば、やがては国家の消滅という事態にもなりかねない。


 強勢を誇った国家の中には、そうして滅んでいった国家も数多いのだ。


「……ひとまずは、言われた通りに慎ましくしているしかないのか」


 エドゥアルドはやはり、自身が若年だからと、単独で敵に手を出すなと言われたことが悔やしかたが、しかし、今はその方針に従うしかないと認めざるを得なかった。


「今はとにかく、敵と接触するまでは前進を続け、そして、敵情を見極め、その弱点を発見してつけ込む他はございません」


 そんなエドゥアルドに、アントンは落ち着いた口調でそう言う。

 それはまるで、勝つ方法はどこかに必ずあるのだから、焦らずとも良いのだと、エドゥアルドを励まし、同時にいさめているような言葉だった。


「わかった。

 とにかく、敵の奇襲などに注意しながら、進んでいくこととしよう」


 そのアントンの言葉に、(自分は、ありがたい人たちに助けてもらえているな)と実感して微笑んだエドゥアルドは、そう言ってうなずいてみせていた。

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