第228話:「出陣」

 帝都での停滞の後、タウゼント帝国軍はようやく、南へ、ズィンゲンガルテン公国の救援に向かって動き出した。


 それは、情報収集の結果、ズィンゲンガルテン公国他、帝国南部の諸侯の領地に侵攻しているサーベト帝国軍の総数が、やはり推測された通り、20万程度であり、そのおおよその配置が明らかとなっただけではない。

 サーベト帝国軍によって包囲されているズィンゲンガルテン公国から、救援を求める使者が度々訪れ、切羽詰まった様子で救援要請をくり返して来たからだ。


 ズィンゲンガルテン公国は、元々、サーベト帝国に対する抑えとしての機能を果たす役割を与えられていた。

 だから、その任務を果たせるように、相応の力が与えられている。


 それは、アルエット共和国への侵攻作戦の際、帝国諸侯の中でも2番目に多い、2万もの軍勢を単独で率いてきたことからもわかる。

 ズィンゲンガルテン公爵家にはそれだけの軍勢を外征に派遣できるほどの国力があり、その領地は帝国諸侯の中でも最大のものなのだ。


 そこに、帝国南部に配置された諸侯の軍勢が合わされば。

 ズィンゲンガルテン公国を中心として、帝国南部の防衛には、それだけで10万近くの軍勢が結集する体制が、帝国の南部の国境防衛のために作られていた。


 それに、ズィンゲンガルテン公国の首都であるヴェーゼンシュタットは、帝国南方の守りの要として、度々改修をくり返された城塞都市だった。


 ヴェーゼンシュタットはなだらかな丘の上にあり、その丘の上をぐるっと城壁で囲んだ城塞都市だったが、火器の進歩によって旧来の防御設備では対処が難しくなると、元々の城市の南側に新たな星形要塞を構築し、防備を固めている。


 こういったことから、平時であれば、ズィンゲンガルテン公国はかなり余裕を持って防備を固めることができ、帝国領各地から集結する後詰めと合わせて、十分にサーベト帝国からの侵攻を跳ね返せるだけの力を持っているはずだった。


 しかし、アルエット共和国への侵攻作戦の失敗により、この、十分であったはずの帝国南部の防衛態勢は崩れていた。


 ラパン・トルチェの会戦での大敗により、ズィンゲンガルテン公国と、その指揮下に入れられて戦ったタウゼント帝国南部諸侯の主力軍が、大きな痛手を負ったからだ。


 外征を行う際には、通常、優良な部隊が使われる。

 外征は慣れない土地に行くということであるから、将兵は気力・体力共に充実していなければならないし、練度も相応になければ成果を上げることはできず、規律を保ってできるだけ長く戦闘力を維持できる者たちを選んで派兵することとなる。


 その、外征に選ばれた優良な将兵で構成される主力軍が、ラパン・トルチェの会戦で大打撃を受けたのだ。

 会戦からすでに1年が経過していたが、それだけの期間があったとしても、失われた戦力を再建することはできていない。


 もちろん、外征に選ばれなかったとはいえ、領地の防衛に残されていた軍勢も、相応の戦力はもっている。

 しかし、外征に使えるほどの優良部隊を失ってその再建もできていない状態では、実質的な戦力はどうしても大幅に低下してしまう。


 そんな状況での、侵略。

 ズィンゲンガルテン公国軍は野戦での積極的な防衛戦闘を実施することもできず、籠城の一択であり、包囲を甘んじて受け入れる他はなかった。


 そして、サーベト帝国軍はすでに何度か、ズィンゲンガルテン公国の首都であるヴェーゼンシュタットに激しい攻撃を加えている。

 今のところズィンゲンガルテン公国は、フランツ公爵を始めとする籠城軍によってその攻撃を耐え忍んでいるが、その戦力は元々の防衛構想で必要とされるものには大きく及ばず、危険を承知で使者を出し、なんとかサーベト帝国の包囲網をかいくぐって救援要請を出すような状態だった。


 帝都を出動したタウゼント帝国軍は、軍を3つに分けて進撃した。

 1度に全軍が通過できるほどの交通インフラはどこでも整ってはいなかったから、どうしても分けて進撃する他はなかったし、もし途中で敵の奇襲を受けても、一撃で全軍が混乱状態に陥って壊滅させられないようにするためだ。


 第一陣、先鋒は、エドゥアルド率いるノルトハーフェン公国軍と、その盟友であり義兄弟でもあるユリウス公爵に率いられたオストヴィーゼ公国軍に、帝国北方の諸侯を加えた約3万5千の軍勢。


 第二陣は、ベネディクト公爵に率いられたヴェストヘルゼン公国軍と、デニス公爵にアルトクローネ公国軍に各地の諸侯の軍勢を加え、皇帝の親衛軍の一部も補強のために加えた約4万の軍勢。


 第三陣は、皇帝・カール11世に直接率いられた皇帝親衛軍からなる、2万5千の軍勢だ。


 先鋒、というのは、一般的に名誉な役割とされる。

 戦争においては、先鋒同士の戦闘の結果によってその後の戦況が大きく左右されたり、戦争の結果そのものが決まったりしてしまうことが往々にしてあるために、先鋒の部隊はなるべく精強な部隊が選ばれる。

 つまり、先鋒に選ばれるということは、それだけ重要な役割を背負うということであり、それが可能であると認められた、ということなのだ。


 しかし、エドゥアルドはさほど喜べはしなかった。

 なぜなら、先鋒と言ってもエドゥアルドたちには勝手に先端を開く許可が与えられず、後続の第二陣、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトに率いられた軍勢が到着するまでは待てと、そう命じられていたからだ。


 エドゥアルドたちが先鋒として選ばれたのは、決して、先鋒として敵軍とまっさきに戦うことを期待されたからではない。

 ラパン・トルチェの会戦で受けた被害が比較的少なく、その軍隊が元気だったからだ。


 エドゥアルドもユリウスも、まだ、若いから。

 決して先走ることなく[大人]が到着するまで待つように。


 敵と接触しても勝手に戦端を開いてはならないという命令はエドゥアルドにとっては屈辱的で、歯がゆいものだったが、しかし、実際のところ20万と見られる敵に3万5千で突撃して勝てるわけでもない。


 エドゥアルドは、従軍しているアントンやヴィルヘルム、ペーターなどから、「今はとにかく、ノルトハーフェン公国軍の規律の高さ、精強さを見せられれば十分なはず」という言葉に、ひとまずは従うことにし、軍を進めて行った。

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