第225話:「期待している:2」
皇帝は、エドゥアルドのことを好意的に見てくれている。
以前からそんな感触は抱いていたが、こんな形で、具体的に「期待している」などと言われるとは、思ってもみなかった。
ノルトハーフェン公国の、いや、タウゼント帝国の。
次の1000年の繫栄をもたらす、その中興の祖と、なって欲しい。
エドゥアルドにとっては、あくまでノルトハーフェン公国を、公爵としてうまく統治していくことがすべてだった。
それが、公爵家に連なる者として、その地位を継承したエドゥアルドの責任、存在意義であると、幼いころに父親から教えられたからだ。
しかしそのことは、実際にはもっと広く、タウゼント帝国全体や、諸外国との関わり合いを考慮しなければ成しとげられないということを、エドゥアルドはすでに知っている。
それでも、あくまでエドゥアルドの目的はノルトハーフェン公国を富強にし、そこに住む人々をできるだけ平和に、豊かに暮らせるようにすることだった。
皇帝からの期待は、エドゥアルドにとってはまだ背負いきれない、重いモノだった。
ノルトハーフェン公国のことだって背負うべき責任としては十分に重いモノだったが、しかし、幼いころからその責任を背負うことを意識して来たエドゥアルドにとって、それはずっと以前から背負う覚悟ができていたことなのだ。
しかし、帝国全体を、となると、話しは違って来る。
帝国全体で見れば、その規模はノルトハーフェン公国の優に10倍以上にもなるし、なにかを考えるのに当たって使用するスケールがまったく異なって来る。
だが、エドゥアルドは、皇帝からの期待が嬉しかった。
自分の、これまでの業績が、皇帝から高く評価されている。
それだけではない。
皇帝は、ただ旧態依然とした体制を守ろうとしてきたわけではなく、変化するべき時もあると、きちんと認識していてくれたのだ。
これならば、あるいは。
エドゥアルドがノルトハーフェン公国をうまく統治し、富国強兵を成しとげれば、その成果を帝国全体へと波及させ、旧態依然としたタウゼント帝国を新しい時代に適応できるように改革することができるかもしれない。
皇帝にでもならなければできないと思って、半ばあきらめていたことが、現実にできる可能性が出てきたのだ。
そのことが、エドゥアルドは嬉しかった。
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エドゥアルドが皇帝・カール11世との謁見(えっけん)を終え、最初に通された客間へと戻ってくると、そこでは、ヴィルヘルムが1人でチェスをしながら待っていた。
どうやら待つ間退屈なので、侍従たちに道具を用意してもらったらしい。
「おかえりなさいませ、公爵殿下。
皇帝陛下は、いったい、なんと仰せでございましたか? 」
立ち上がって一礼し、エドゥアルドを出迎えたヴィルヘルムはさっそく、たずねて来る。
ヴィルヘルムとしても、皇帝からこのような形で私的に呼ばれた理由が、気になっていたのだろう。
「どうにも、僕たちがノルトハーフェンで行っている統治のやり方に、陛下は興味をお持ちだったようだ」
そのヴィルヘルムの問いかけに答えながら、エドゥアルドはヴィルヘルムの正面のイスに腰かけた。
そしてエドゥアルドは、ヴィルヘルムもイスに座り直すのを待ってから、皇帝と話したことを説明していく。
「特に、我が公国の議会のことを気にしておられるご様子だった。
陛下のみならず、帝国諸侯からも注目されているということでな。
なぁ、ヴィルヘルム。
この議会を開いたこと、他の帝国諸侯から危惧されているというのは、知っていたか? 」
「いいえ、公爵殿下。
さすがの私(わたくし)も、諸侯のみなさまの内心のことまでは、わかりかねますので。
しかしながら、いたし方ないことでございましょう」
「ああ、まぁ……、そうなんだが」
エドゥアルドはヴィルヘルムにうなずいてみせつつ、腕を組んで天井を見上げながら、考え込む。
「なぁ、ヴィルヘルム。
僕のやっていることは、もしかすると、帝国を破壊することなのか? 」
それからエドゥアルドの口から出てきたのは、そんな言葉だった。
議会を開く。
それは、必要だと思ったからやったことで、貴族という存在を脅かすかもしれないという危険があることは、十分に承知している。
だが、その影響の大きさを、皇帝からの関心と期待という形であらためて見せつけられると、不安になって来る。
このまま自分の考え通りに進んでいけば、それは、帝国の貴族社会を終焉へと導いてしまうのではないかと、そこに潜んでいる危険の大きさが強調されて見えてくるのだ。
「殿下は、間違ったことをなされているわけではございません」
にわかに不安を覚えている様子のエドゥアルドに、ヴィルヘルムはいつもの柔和な笑みを浮かべた表情で、はげますように言う。
「殿下のなさろうとしていることは、やはり、我がノルトハーフェン公国のみならず、タウゼント帝国全体に大きな変革をもたらすことでございます。
それに反発が起こるのも、迷いが生じるのも、当然のことでございましょう。
しかしながら、今まで安穏と暮らすことができたからといって、私(わたくし)たちの家の柱や屋根が腐っていないとは、限りません。
そしてその痛んだ部分を修繕することは、当然のことでございます。
それがたとえ、古き家を破壊し、新しき家を建てることであっても。
要するに、そこに住む者たちが日々を不安なく過ごせることこそ、肝要なことでございましょう?
そのために、公爵殿下は最善と思うことをなされておられます」
「ああ。
確かに、その通りだな」
そのヴィルヘルムの言いように、エドゥアルドは苦笑する。
確かに、家とは、そこに住む人々が安心して暮らすことができれば、それでよいのだ。
しかし、だからと言って古い家を壊してしまってもかまわないでしょうと言うのは、少し、大胆な言いようだと、エドゥアルドにはそう思えたのだ。
「プロフェート殿。
皇帝陛下が、お召しでございます」
その時、エドゥアルドとヴィルヘルムの会話が一区切りつくのを見計らったようなタイミングで侍従長がやってきて、そう言ってヴィルヘルムのことを呼んだ。
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