第224話:「期待している:1」

 皇帝はいったい、エドゥアルドとどんな話をしようと思って、この場にエドゥアルドを呼んだのか。

 未だに見当もつかないエドゥアルドは戸惑うほかなかったが、しかし、現実はなんということもなかった。


「いや、エドゥアルド公爵、大したことではないのだ。


 ただ、風の噂によれば、そなたの統治のしかたがなかなか変わっていると、もっぱらの評判になっておってな?

 そなたの考えていることを、ひとつ、知りたいと思っただけなのだ」


 どうやらカール11世は、エドゥアルドがノルトハーフェン公国で実施して来た改革に、興味を持っているらしかった。


 エドゥアルドが行っている改革は、旧態依然とした、貴族による上からの統治で凝り固まった社会をあらためるものだった。

 貴族の特権を自ら手放すような、議会の開設ということまでエドゥアルドは行っていたが、その大胆な行動が皇帝の興味をひいたようだ。


 エドゥアルドは、正直言って、安心していた。

 なにか答えにくいようなことを聞かれるのではないかと少し心配だったのだが、これなら、エドゥアルドはなんの問題もなく受け答えができるからだ。


 なぜなら、ノルトハーフェン公国でエドゥアルドが行ってきた改革は、すべて、エドゥアルド自身が考えて、実行してきたことだからだ。

 もちろん、エーアリヒやヴィルヘルムをはじめ、多くの人々から助言を受けながら行ってきたことだったが、エドゥアルドはただ周囲の人々の言いなりになっていたわけではなく、最後の判断や決定は常に自分自身で行ってきている。


 その改革が、いったいなにを目的として、どのように実行されているのか。

 そういったことはすべて、エドゥアルドは把握している。


 皇帝と特異な形で謁見(えっけん)しているということから、まだ緊張はあったものの、エドゥアルドは皇帝からの質問にできる限り答えて行った。

 そして皇帝は、そのエドゥアルドの受け答えに大いに満足している様子だった。


「時に、エドゥアルド公爵よ。


 そなたが新たに開いたという、議会。

 それが、我々帝国貴族にとってどのような意味を持つか、知っておるか? 」


 ひととおりエドゥアルドの説明を聞いたカール11世は、侍従に用意させたお茶の香りを楽しむようにティーカップを揺らしながら、なにげない口調でそうエドゥアルドにたずねてきた。


「もちろん、存じております」


 その皇帝からの問いかけに、エドゥアルドはすぐにうなずく。

 議会の開設にあたっては、他ならぬ帝国貴族たちから、散々、異論をぶつけられているからだ。


「議会を開き、平民に政治参加の機会を与えるということは、我々帝国貴族が有して来た特権を、自ら放棄するということだけではありません。


 平民に、我々貴族から統治される必要などないのだと、平民が、平民の自らの手で国家を統治することができるのだと、そう気づかせることになります」

「さすがであるの。

 貴殿は、そこまで理解していてなお、議会を作ったというのだな? 」


 そのエドゥアルドの言葉に、カール11世は満足そうにうなずいてみせていた。


 議会を開き、平民に政治参加を許すことは、貴族階級にとってはあまりにも危険なことだった。

 それは、平民たちに、貴族などいなくとも国家を統治していくことができると、そう気づかせてしまうことだからだ。


「実はの、エドゥアルド公爵。

 そなたが創設した議会、帝国諸侯の間では、危惧されておるのだ。


 我ら貴族の存在意義を、これまで帝国が維持して来た社会秩序を、根本から破壊してしまうのではないか。

 共和主義者たちが王政を打倒し、共和国を打ち立てたようなことが、我が帝国でも起こり得るのではないか。


 そのきっかけに、ノルトハーフェン公国の議会がなり得るのではないか。


 多くの帝国諸侯が、そのように、そなたのやりようを危惧しておるのだ。

 それを、そなたは知っておるであろうか? 」

「いえ……、存じ上げませんでした」


 皇帝の言葉に、エドゥアルドは素直に首を左右に振って見せる。


 帝国貴族に連なる者であれば誰もが、エドゥアルドの改革を手放しで喜んだりしないだろうということは、ノルトハーフェン公国の貴族たちからの反発の大きさを考えれば、十分に予想できることだった。

 しかしエドゥアルドはまだ、帝国諸侯から直接、そういった反発を受けてはいない。


「それは、エドゥアルド公爵。

 みな、そなたの改革の行く末を、まだ、注視している段階にあるからなのだ。


 エドゥアルド公爵、そなたの行って来たことは、そなたの治めるノルトハーフェン公国で、着実に成果を結んできた。

 そなたの国はますます発展し、富強となりつつある。


 帝国諸侯の誰もが、その目的はなんであれ、自国を富強なものとしたいと願っておる。

 ゆえに、みな、そなたの行う改革に危惧を抱き、危険を感じつつも、未だに様子を見ているのだ」

「それは……、陛下。


 私(わたくし)に、他の諸侯に対して配慮せよと、そうおっしゃっておられるのでしょうか? 」


 エドゥアルドは、やや警戒しながら、カール11世にそうたずねていた。

 てっきり、カール11世はエドゥアルドに、「やり過ぎるな」と警告しようとしているのではないかと、そう思ったからだった。


「いや、そうではない。

 そなたは、そなたのやりたいように、やってみるがよい」


 しかいカール11世の考えは、そうではないらしい。


「我が帝国は、長き歴史を持っている。

 その長き歴史の間、変わらずにあり続けるということも、それは、並大抵のことではないのだ。

 朕はまさに、そのことにこそ、我が心を砕いて来た。


 しかし、古き伝統を破壊し、よりよい、新しき物事を生み出すこともまた、難しいことなのだ。

 そしてそれは、並大抵の人間には、できぬことだ。


 古きを守ることならば朕にもなんとかなるが、その古きよりも良い、まだ誰も見たことも聞いたこともない新しきを作ることは、朕には到底、できぬこと、難しいことなのだ。


 そなたは、その難しいことを、やろうとしている。

 それがどのような結末に至るのか、朕には見通せぬが、しかし……。


 朕は、そなたに期待しているのだ。

 あるいは、そなたこそ、次の1000年を作り出す、ノルトハーフェン公国の、いや、タウゼント帝国の、その中興を成す者であるかもしれぬと」


 その皇帝からの言葉に、エドゥアルドは驚いていた。


 確かにエドゥアルドは、帝国の旧態依然とした部分をあらためるべきだと、そう考えている。

 しかし、皇帝であるカール11世自身から、そうすることを期待するようなことを言われるとは、思ってもみなかったことだった。


 その、あまりの意外さに、エドゥアルドは驚き、戸惑うしかない。


「恐縮なことで、ございます……」


 エドゥアルドはただ、カール11世に向かってそう言って、頭を下げることしかできなかった。

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