第220話:「南へ」
エドゥアルド率いるノルトハーフェン公国軍は、アルエット共和国へと侵攻した時とほぼ同じ、15000名の兵力を準備した。
徴兵制の実施により、ノルトハーフェン公国軍はその総兵力で言えば、以前よりも大幅に増強されていた。
だが、徴兵によって新たに兵士となった者たちはまだ訓練途中で戦力とは呼べないし、ノルトハーフェン公国軍は以前からバ・メール王国に5000名の軍を派遣し続けている。
15000名の兵力が皇帝から課せられた軍役であるという理由もあったが、ノルトハーフェン公国を守備し、徴兵されたばかりの兵士たちを訓練するための兵力を残さなければならない以上、現状ではこの兵力が出征に投入できる全力だった。
しかし、その内訳は変わっている。
以前と比較すると、砲兵火力が大幅に強化されているのだ。
従来のノルトハーフェン公国軍の砲兵は、3種類の野戦砲によって構成されていた。
75ミリ、100ミリ、150ミリの口径をそれぞれ持つ、3種類の野戦砲だ。
しかし、ラパン・トルチェの会戦で、敵将のムナール将軍が見せた柔軟かつ強力な砲兵戦術に触発されて、エドゥアルドはこの1年足らずの間に公国軍の砲兵の構成を刷新していた。
ノルトハーフェン公国軍では従来の野戦砲の装備を見直し、新たに、馬匹牽引(ばひつけんいん)で容易に移動させることを可能とした50ミリ口径の軽野戦砲、歩兵部隊の行動に連動して起動させることのできる75ミリ口径の榴弾砲である山砲を加え、これに従来からの100ミリ、150ミリ口径の野戦砲を加えた運用となっていた。
これにより、従来3つの砲兵大隊によって構成されていたノルトハーフェン公国軍の砲兵部隊は、4つの砲兵大隊によって構成されることとなった。
砲兵第1大隊は、4門の75ミリ山砲を装備する砲兵中隊4つで構成され、合計で16門の砲を有し、各歩兵連隊に派遣されてその指揮下に入り、歩兵たちに火力支援を与える。
砲兵第2大隊は、4門の100ミリ野戦砲を装備する砲兵中隊4つで構成され、合計16門の砲を有し、火力支援及び対砲兵戦を戦う。
砲兵第3大隊は、4門の150ミリ重野戦砲を装備する法会費中隊4つで構成され、合計16門の砲を有し、その大口径砲の火力で敵陣を粉砕する。
そして砲兵第4大隊は、4門の50ミリ軽野戦砲を装備する砲兵中隊4つで構成され、合計16門の砲を有し、戦局に応じて馬匹牽引(ばひつけんいん)による機動力を発揮して最適な射点につき、戦局を決定づけるような場面で砲撃を実施する。
これにより、ノルトハーフェン公国軍は、64門もの火砲を装備して出征することとなる。
以前は48門だったから、門数だけで見れば大幅な増強がされ、内容としても以前よりもかなり強化されていた。
もっとも、これだけの砲兵火力が実戦でどこまで有用かは、未知数な部分があった。
75ミリ山砲と50ミリ軽野戦砲は、どちらも今回から新たに装備された大砲であり、試験によって実戦で運用できるとされているものの、実際に敵に撃ってみてどれほど効果があるかはわからない。
この新しい大砲を運用する砲兵たちもその運用にはまだ習熟しきっておらず、とりあえず撃てる、というようなレベルなのだ。
そして、砲兵が強化される一方で、影響を受けたのが騎兵部隊だった。
砲兵部隊を強化するために兵員を多く割り当てなければならなかった結果、今回の出征に同行させることのできる騎兵の数を、減らさざるを得なかったのだ。
偵察や周辺の警戒などに使用する、最低限の騎兵は確保している。
しかしながら、古式ゆかしい騎兵突撃を実施し、敵の戦列を大規模に粉砕するような打撃力を発揮できるような騎兵戦力は確保されていない。
今や、主力兵器はマスケット銃であり、それを装備した歩兵同士の戦列の衝突によって戦闘が実施されるというのが当たり前だ。
しかし、騎兵突撃が完全にすたれたというわけではなく、今でも運用次第では大きな効果を発揮できる戦法として認識されている。
馬はそれ自体が人間よりも大きな動物であり、背中に人間を乗せた重量に走る速度を乗せて向かって行けば、それだけで強力な衝撃力を発揮する。
生身の人間がその突撃を防ぐ手段はなく、騎兵による突撃は容易に歩兵の戦列を突き崩すことができるのだ。
歩兵が騎兵突撃に対抗するためには、マスケット銃による一斉射撃と、銃剣による槍衾が必要だった。
しかし、騎兵たちはマスケット銃の再装填の隙を狙ったり、歩兵の戦列の側面に回り込んだりすることで歩兵たちの自衛手段を封じ、その突撃力を発揮することができる。
しばしば、騎兵突撃は戦局を左右するものとして重視される。
加えて、歩兵同士の戦闘によって崩れた敵陣をかき乱し、敵が態勢を立て直すことを阻止することも、騎兵たちの重要な任務であった。
騎兵が少ないということは、ノルトハーフェン公国軍は野戦で勝利するための切り札の1つを自ら捨ててしまったということになる。
その分強化された砲兵の運用によって補える可能性はあったし、今回は、ひとまずはそうできることを祈りながらの出征となった。
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ノルトハーフェン公国軍は出征する準備を整え、国家元首であり、ノルトハーフェン公国軍の最高指揮官でもあるエドゥアルドからの閲兵(えっぺい)を受けると、順次、南へ向かって進軍を開始した。
昨年に引き続きの出兵ということでもあり、兵士たちにはこのような短期間でたて続けに戦争が起こったことに対する驚きや戸惑いがあるようだった。
また、新しい編制や、新しい兵器の運用にも十分に習熟できておらず、その点も、不安な点として残っている。
しかし、ノルトハーフェン公国軍の将兵は、楽観的だった。
今回の出征が帝国国内であり、アルエット共和国で経験したような、補給不足による困窮(こんきゅう)を経験するようなおそれは小さかったし、なにより、兵士たちは今回の戦役でも、エドゥアルドならば多くの兵士を無事に連れ帰ってくれるだろうと、そう信じているのだ。
その、兵士たちからの信頼のまなざし。
それはエドゥアルドにとって嬉しいものだったが、同時に、プレッシャーでもあった。
自分の命令で、出征に加わる兵士たちの運命が決まってしまうからだ。
(大丈夫。
僕は、できるだけのことをしてきたはずだ)
そうエドゥアルドは自分に言い聞かせ、兵士たちを率いて、自らも南へと向かって行った。
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