第211話:「変化」

 その日、喫茶店で行われた議論は、激しいものとなった。

 普段、平民がノルトハーフェン公爵であるエドゥアルドと直接話す機会などないのだから、集まった平民たちはみな、この際に自分の意見をすべてエドゥアルドにぶつけようと、そう考えていたようだった。


 そして、この日のためにエーアリヒは、物おじしたりすることがないような者に声をかけていたのだろう。

 平民たちはみな、エドゥアルドに対し、ずけずけと自身の考えを意見し、時には厳しい口調でエドゥアルドを批判することさえあった。


 普段からエドゥアルドに物申したいと息巻いているような連中だそうだから、批判意見があるのは当然だった。

 エドゥアルドだって、自身の政策をすべての人々がなんの異論もなく賛同してくれているとは、思ってはいなかった。


 平民たちから向けられる批判の声に対し、エドゥアルドは真剣に向き合った。

 相手の言葉をさえぎったりすることなく最後まできちんと聞き、時には内容についての確認をしてから、自身の見解を述べた。


 そのエドゥアルドの姿勢は、平民たちからはかなり好感をもたれた様子だった。

 平民たちには平民たちの、エドゥアルドにはエドゥアルドの考えがあるから、お互いの意見は対立し、一致しないこともあったが、エドゥアルドは少なくとも平民たちの意見でもきちんと聞いていたし、その意見を正しく理解しようと努力し、そして、エドゥアルドなりの考えを明かしていた。


 意見の違いはあるかもしれないが、エドゥアルドは正面から、自分たちの考えを受け止めてくれる。

 その事実は、平民たちに、エドゥアルドは信頼できる存在だという認識を持たせた様子だった。


 平民たちの批判の多くは、エドゥアルドが公国に導入しようとしている、徴兵制についてのことだった。

 民衆にとってはやはり、徴兵制というのは苦役、税として金を納めるのと同様に、肉体労働、時には命を国家に対して納めなければならないものだととらえられているようだった。


 それは、実際のところ否定しようのないことだった。

 徴兵制を実施すれば1年か2年程度、軍事訓練などのために徴兵した者たちの自由を奪うことになるし、戦争が起これば確実に死傷者が出る。


 だからエドゥアルドは、そういった負の面を率直に認めつつ、それでも徴兵制度による新しい軍隊を作らなければならない理由を、平民たちに丁寧に説明していった。


 アルエット共和国軍。

 あの、これまでの帝国の常識では考えられないほどの強さを誇った徴兵制による軍隊という存在について、骨身にしみて理解しているのは、他の誰でもない。

 エドゥアルドだ。


 人々にとっては新たな苦役でしかない徴兵制の導入の必要性について語ることができるのは、エドゥアルドしかいなかった。


 もちろん、エドゥアルドがどれほど丁寧に説明したところで、それですべて納得してもらうことはできなかった。

 百聞は一見に如かずと言う。

 実際にムナール将軍と、アルエット共和国軍と対峙した者でなければ、すぐにはわからないこともある。


 だが、納得できないまでも、エドゥアルドは真剣に、ノルトハーフェン公国のことを考えているからこそ、この新しい制度を取り入れようとしている。

 その熱意は、しっかりと平民たちにも伝わった様子だった。


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 平民たちとの議論は、結局、喫茶店の営業時間が終わるまで続いた。

 最後まですべての意見が一致することはなかったが、エドゥアルドは今回、こうして平民たちと直接話し合うことができたことを、嬉しいことだと思っていた。


 たとえ、意見が対立しているのだとしても。

 真剣にノルトハーフェン公国の将来について悩んでいる人々が、大勢いることがわかったからだ。


 それに、エーアリヒが集めた平民たちの意見はみな、それぞれの筋の通ったものばかりだった。

 エドゥアルドがこれまで気づいていなかった点や、注目して来なかった点に注目した、別の視点からの意見は、エドゥアルドにとって大いに参考にできるモノでもあった。


 そしてこの体験は、エドゥアルドに、変化も生んでいた。


 議会の開設。

 まだ具体的にはなにも動いてはいないものの、この構想を、エドゥアルドは現実のものにしたいと考え始めていた。


 なぜなら、平民たちとの議論を通して、エドゥアルドは議会というもののイメージをつかむことができたからだ。

 そして、意見が対立しているのだとしても、こんな風に議論を交わすことは有意義なことだと、その効果も実感することができていた。


「エドゥアルドさま。

 なんだか、ご機嫌がよろしいですね? 」


 帰りの馬車の中で、頬杖をつきながら窓の景色を眺めていたエドゥアルドに、ルーシェがそうたずねて来る。

 どやらエドゥアルドは、かすかに微笑んでいたらしい。


「そういう、お前こそ。

 ずいぶん、機嫌がよくなったじゃないか」


 エドゥアルドは視線をルーシェに向けて、そう指摘し返していた。


 というのは、ルーシェは喫茶店を訪れる時はずいぶん不機嫌だったのに、今はにこにこ、上機嫌だからだ。


「はい、エドゥアルドさま!


 実は私、喫茶店の店主さんと、ちょっと仲良くなりまして。

 エドゥアルドさまにおいれするコーヒーのためならば、と、あのお店のコーヒーの作り方、少しだけ教えてもらえたのです。


 エドゥアルドさま、楽しみになさっていてくださいね! 」


 どうやらルーシェはルーシェで、ちゃっかりしていたらしい。


「ああ、楽しみにしている」


 エドゥアルドはそんなルーシェに向かってうなずいてみせると、それから、視線を再び窓の外へと向けていた。


(議会……。


 やって、みようか)


 エドゥアルドは、真剣にそう考え始めていた。

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