第212話:「啓蒙専制君主」

 ノルトハーフェン公国に、議会を開く。

 それも、かつて存在した三部会のような一時的な機関としてではなく、常設の組織として。


 しかも、議会を構成する議員たちは、選挙権を有する者すべての投票によって選出される。

 平民だろうと、選挙によって選ばれれば議員となり、国政に参加する権利を保障される。


 エドゥアルドが内々に、議会を開設したいという意向を示した時、エドゥアルドに仕えている臣下たちからは多くの反対の声がよせられた。


 それも、当然だ。

 エドゥアルドに仕えている者の多くは貴族たちで、議会を開設するということはすなわち、貴族たちが伝統的に有して来た特権を廃止することに他ならないからだ。


 議会制を導入することは、公国の、いや、帝国社会のありようを大きく変えることになる。

 そればかりか、悪くすればアルエット共和国のように革命へとつながり、エドゥアルドをはじめとする貴族たちは平民たちから攻撃を受けるようにもなりかねない。


 議会の開設に反対する貴族たちは口々にそう言って議会の危険性を主張し、かつ、平民に国政に参加するような能力はないとも主張した。

 長年にわたって貴族に統治されるだけの存在であった平民たちが、今さら自分の手で国家を統治するなど不可能だという主張だった。


 だが、エドゥアルドは強く議会の開設が必要であるという考えを説明し、宰相であるエーアリヒと共に、議会の開設に向けての努力を開始した。


 エドゥアルドは平民たちと議論を交わしたことで、彼ら平民にも政治に参加する能力があると理解していた。

 そしてなにより、エドゥアルドと平民たちは、意見こそ異なったものの、ノルトハーフェン公国のために、そこに暮らす人々により良い生活をもたらすためという目的では一致しており、そうであるのなら平民たちにも政治参加の資格は十分にあるだろうと、エドゥアルドはそう信じるようになっていたからだ。


 また、エドゥアルドは、議会の開設にむけて政治工作を続けるのと同時に、徴兵制の導入についても推し進めて行った。


 アントンに率いられた参謀本部の尽力で、すでに徴兵制によってどのようなノルトハーフェン公国軍を構成するかは決まっている。

 徴兵の対象となるのは満18歳になった男性で、兵役の期間は1年、兵役終了後5年間は予備役とし、従来の志願制度と合わせて、ノルトハーフェン公国軍は現状の3万名からおよそ5万名の規模に拡大されることとなる。

 そして将来的には、戦時に最大で15万名もの兵員を動員する計画だった。


 反対意見はやはり根強くあった。

 議会の開設に関しては貴族たちの、徴兵制の導入に関しては平民たちの反発があり、エドゥアルドとエーアリヒは手探りで最適な方法を模索していくしかなかった。


 最終的には、エドゥアルドは議会の開設も、徴兵制の導入も成しとげた。

 100パーセントすべての人々からの支持を得られたわけではなかったが、エドゥアルド自身が先頭に立って議会の開設と徴兵制の導入の意義と必要性を説明し、徐々に人々からの理解を得られるように取り組み続けた結果だった。


 そうして、ノルトハーフェン公国で初めての選挙が実施され、第1回の公国議会が開かれたのは、エドゥアルドの治世が始まって2年目の春のことだった。

 合わせて、最初の徴兵が実施され、公国各地から満18歳に達した男性が集められ、ノルトハーフェン公国軍へと加わることとなった。


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 エドゥアルドはこれまで、若く、有能で、将来有望な良き君主として人々から見られてきていた。

 しかし、議会の開設を行ったことで、後に人々からエドゥアルドは、[啓蒙専制君主]と呼ばれるようになっていくことになる。


 それは、議会制度を有し、司法、立法、行政の三権分立制度などを取り入れた近代国家を、自ら作ろうとした君主を指す呼び方だった。


 アルエット共和国で起こった革命のように、民衆の、[下]側からではなく、君主自らが、[上]側から国家を改革する。

 君主自ら臣民を啓蒙することで、近代国家を作りあげていくのだ。


 それまでの専制君主制では、君主さえ有能であれば国家の統治が十全に行われるという特徴があり、その点、君主に権力が集中していることは、優れた利点であると言えた。

 君主が有能であれば、様々な政治的な決定が君主自身によって誤ることなく行われ、国家は迅速に、効率的に動くことができたのだ。


 この専制君主制度には、欠点もあった。

 君主が有能でなければ、とたんに国家が傾くという欠点だ。


 それが、側近たちによって補えるというのなら、まだ良かった。

 しかし、無能な君主の下で有能な側近に権力が集中すると、それは権力闘争につながって内乱の火種ともなるし、臣下が国政を壟断(ろうだん)することも起こり得る。

なにより、仮に君主も側近も国家を統治するのに十分な能力がなければ、悲惨であった。


 それだけではなく、権力が一点に集中しているという構造は、時折、権力の濫用(らんよう)という事態にもつながった。

 絶大な権力を誇る君主が故意に、あるいは意図せずに行使した権力によって、民衆は一方的にその運命を左右される。

 そしてその状態を正そうとしても、権力を掌握している側からの弾圧を受けることになり、権力者によって搾取(さくしゅ)されるような状態で固定される恐れがある。


 議会を開設し、平民にも政治参加の機会を設けることで、専制君主制の持つこれらの欠点を解消する。

 エドゥアルドはまだそこまで意識しているわけではなかったが、エドゥアルドはその方向へと進み始めていた。


 自分が公爵という地位にあるのは、ノルトハーフェン公国を富強な国家とし、そこに暮らす人々をより豊かにすることだ。

 その、エドゥアルドの基本的な考え方が、彼に、自らが保有する権力を、ノルトハーフェン公国の民衆に解放するという選択をさせていた。


 そして、人々はエドゥアルドが起こした変革を、様々な態度で受け入れた。

 おおむね、平民たちは議会の開設を歓迎するのと同時に、自分たちに政治参加の機会が与えられたことを歓迎していた。

 その一方で、旧来の権力者であった貴族たちは、表面的にはエドゥアルドの政策に従いつつも、その内心は決して穏やかなものではなかった。


 人々の様々な思惑を内包して。

 ノルトハーフェン公国におけるエドゥアルドの治世は、新しい時代を迎えようとしていた。

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