第208話:「議会:3」
ノルトハーフェン公国で選挙を行い、選挙に選ばれた議員たちによって、議会を開く。
エーアリヒがなにを意図してそのようなことを言い出したのかはエドゥアルドにも理解することができたが、そのことについてどう思うかを、エドゥアルドはすぐには表明することができなかった。
議会を開き、民衆に政治参加を許すこと。
それはすなわち、国家元首であるエドゥアルドであろうとも、議会での決定に従わなければならなくなる、ということだった。
現在のタウゼント帝国を構成する諸邦は、みな、君主によって統治されている。
国家の政策も法律も、その国家元首たる君主によって決定されているのだ。
この体制は、数百年も続いてきたことで、すでに国家に根付いている。
誰も、それ以外の体制による統治とはどんなものなのかを知らないのだ。
だが、そこに議会という制度を取り入れ、君主の専権事項であった政治に、民衆の考えを取り入れようとすれば、どうなるのか。
君主は自ら、それまで当然のものとして保有して来た権利を手放すということになる。
今まではエドゥアルドがこうと決めればノルトハーフェン公国の人々は誰もがその決定に従わなければならなかったが、議会を開設すればもう、そんな風にはいかなくなるのだ。
ノルトハーフェン公爵はエドゥアルドなのだから、好きにすればいい。
それはそんな風に単純に考えられるような、軽々しいことではなかった。
人は、1度手に入れた権利は、可能な限り守ろうとするものだ。
だからこそアルエット共和国の人々は帝国に対して必死に抵抗したのだ。
そして、1度議会を開き、人々に政治参加の機会を与えれば、エドゥアルドの次の世代のノルトハーフェン公爵が以前の制度に戻したいと思っても、簡単にはできなくなる。
人々は自分たちが手にした政治参加の権利を守るために、必死に抵抗するのに違いないからだ。
さらに、そうして人々に政治参加を許し、[自分たちも、国家を統治することができるのだ]ということに気づかせれば。
もう君主などいらないと人々が考え、アルエット共和国で起こったような革命が、このノルトハーフェン公国で起こるかもしれない。
この、議会を導入するかどうかという問題は、貴族による平民の統治という、既存の社会構造そのものを破壊しかねないことだった。
エドゥアルドが構想する、[あの共和国軍のような]ノルトハーフェン公国軍を作るために、確かに議会は必要なのかもしれなかったが、それは簡単に決められる決断ではなかった。
「……エーアリヒ準伯爵。
貴殿の言う、議会についての意義は、僕も理解できた。
だが、実際にそれを開くかどうかは、僕には即答することができない。
ことは、この帝国を形作っている社会構造そのものを変革するような、重大なことだ。
とても、この場では決められない……」
やがてエドゥアルドは、そう言って、判断を[保留]することを告げていた。
国家元首にとって、決断とは、常に求められることだった。
それも、できるだけ素早く、即応性をもって決定を下すことが求められる。
なぜなら、国家元首であるエドゥアルドが決定を下し、どのような方向に動くべきかを決めなければ、その下で働いている人々は身動きが取れないからだ。
組織として形作られている以上、どれほど能力を持った人物であろうと、スタンドプレーは避けなければならないこととされている。
だが、時には判断を保留することも必要だった。
いくら決断が早く、行動開始が早くとも、十分な情報を集めないまま下した判断に従っていては、得たいと思う成果はどうあっても得られない。
ならば判断を保留して、情報を収集し、正しいと納得できる判断を下せるようになるまで決定を保留しておいた方が、最終的にもっとも効率的に結果を引き出せる。
「まずは、ヴィルヘルムに……、それに、他の貴族たちや、学者などを集めて、意見を聞いてから、判断を下したいと思う。
エーアリヒ準伯爵、なるべく急ぐから、僕が十分だと思う時まで、待ってはもらえないだろうか? 」
「もちろんでございます、公爵殿下」
そのエドゥアルドの決定に、エーアリヒは特に不満もなさそうにうなずいてみせていた。
議会を開くということが簡単には決められないほどの重大なことだと、エーアリヒ自身も重々承知したうえで、上申して来た様子だった。
「ただ、公爵殿下。
ヴィルヘルム殿や、他の貴族たち、学者などから意見を聞かれるのも結構ですが、ぜひ、当の民衆の声も聞いていただきたく存じます」
エドゥアルドの保留に異論を述べなかったエーアリヒだったが、彼はそうつけ加えていた。
「ああ、なるべく、民衆の意見も聞きたいと思う。
僕も、民衆からの投書を集めたいと思っている」
「いいえ、公爵殿下。
そのような手段よりも、もっと良い方法がございます」
民衆からの意見を聞くということはエドゥアルドも行うつもりだったが、エーアリヒは、投書を集めるというエドゥアルドのやり方に反対であるようだった。
「もっと良い方法、というと? 」
エーアリヒのその言葉に、エドゥアルドはまた、不思議そうな顔をする。
今までも民衆から投書を集めるという形で、世論の動向を探るということは行ってきていたのだが、それ以上に民衆の考えを知る良い方法があるとは、エドゥアルドは思っていなかったのだ。
「喫茶店に行くのでございます」
そんなエドゥアルドに向かって、エーアリヒはそう言った。
どうやら、真剣にそう言っているらしかった。
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