第207話:「議会:2」

 人々にエドゥアルドが行おうとしている改革の意義を、真の目的を理解してもらう。

 そのために議会を開き、その議会の場で広く意見を交換し、そして、エドゥアルドの考えを明かし、説明しようというのが、エーアリヒの考えであるようだった。


「そして、もう1つ。


 議会の開設によって、人々に、これが[自らのことなのだ]という自覚を持たせることができます」


 議会を開くことのメリットは、エーアリヒによると、エドゥアルドが直接、自身の政策や考えについて説明する場を設けられるというだけではないようだった。


「公爵殿下が徴兵制による軍隊を作らねばならないとお考えの理由は、アルエット共和国軍が、徴兵制で作られた軍隊であるにも関わらず、我がタウゼント帝国軍を打破したからでございます。


 しかしながら、アルエット共和国で行われている徴兵制は、今まで我が国などでも行われることのあった徴兵とは、その性質を異にしております。


 共和国軍が強かったのは、私(わたくし)が思いますに、共和国軍の将兵にとって先の戦役が、[自分のモノ]であったからだと思われます。

 それは、先の戦役は、アルエット共和国の人々にとって、自国を、故郷を守るための戦争であり、共和制革命によって獲得した民衆の様々な権利を守るための戦いだったからでございます」


 それは、エドゥアルドにも理解できる話だった。


 アルエット共和国との戦争は、バ・メール王国が提唱した[懲罰]のためであったが、その行為はアルエット共和国の人々にとって、外国の勢力が共和国を廃し、元の王政に戻そうという意図によって行われているものと見えたことだろう。

 だからこそアルエット共和国の人々は、練度で勝る帝国と王国の軍隊に対しても勇敢に戦うことができたし、帝国軍が起こした略奪事件はアルエット共和国の民衆の心象を悪化させ、危機感を大きくし、激しい抵抗に拍車をかけることにもなった。


 これは、他の誰のための戦争でもない。

自分のための戦争なのだ。


 その意識が、共和国軍を精強な軍隊とし、ムナール将軍はそれを自在に進退させたからこそ、勝利の栄光をつかみ取ったのだ。


「現状のまま徴兵制を導入いたしましても、それは、アルエット共和国軍と同質のものとはなりません。


 人々は徴兵を、旧来と同じ苦役としてとらえ、忌避すべきものとしかとらえないからです。


 そしてそうなってしまうわけは、我がタウゼント帝国のような国家では、古くから封建制が敷かれ、戦争は貴族が起こすものだったからでございます。

 三部会などによって平民が意見を申し述べる機会を設けられることもございましたが、その機会は近代に入ってはほぼなくなり、戦争は国家の統治者の意志のみによって行われるものでございました。


 民衆にとっては、戦争とは[上]が勝手にやっていること、自分には関係のないものであったのでございます。


 その関係のないものに動員される場合、それは、金銭などの報酬目的か、あるいは、強制によってでした。

 あくまで戦争は貴族たちのものであって、民衆のものではなかったのです。


 それを変えなければ、真の意味で、公爵殿下がお作りになろうとしているものはできあがらぬと、私(わたくし)はそう愚考いたします」


 戦争は、貴族のものであって、民衆のものではない。

 その意識を、エドゥアルドは今まで持ったことがなかった。


 なぜなら、エドゥアルドは生まれながらの貴族だったからだ。


 正しい統治をしていれば、自然と、民衆は自分につき従ってくれる。

 そんな風にエドゥアルドは考えていた。


 実際のところ、タウゼント帝国の社会は、そのような形で存続して来た。

 伝統的に民衆を統治する権利をもって生まれた貴族たちに、民衆は従うというのが、当たり前だったのだ。


 しかし、考えてみれば、民衆は意志のない存在ではなかった。

 それぞれが個別の意志を持ち、それぞれに異なった立場があり、それぞれが独自の目的や願いをもって生きている。


 そして、この世の中で、貴族にだけ物事を決定できる能力があるのかといえば、そういうわけでもない。


 それは、ルーシェを見ていれば、よくわかる。

 彼女は1人の少女、エドゥアルドのメイド、それ以上でもそれ以下でもなかったが、ゲオルクに文字を教えてもらって読み書きができるようになると、ヴィルヘルムから、エドゥアルドのような貴族しか受けられないような高度な教育を受けるまでになった。


 そしてルーシェは、ヴィルヘルムから教えられる内容を、先生役であるヴィルヘルムや、主人であるエドゥアルド、そしてエーアリヒからも感心されるほどによく理解している。

 エドゥアルドたちが話し合っている、国家にとって重要な事柄についても、ルーシェはすでにある程度理解できているし、自分なりの考えを持つまでになっているのだ。


 貴族が民衆を統治しているのは、遠い昔にそのように定まったからにすぎず、本当は、そんなことをする必要も、権利もないのではないか。

 ちらりと、そんな疑念がエドゥアルドの脳裏によぎってしまうほどに、ルーシェはメイドとしてだけではなく、成長している。


 それがすごいことなのだと、ルーシェはまだ気がついていないようだったが、エドゥアルドをはじめ多くの人々は、感心と驚きをもってルーシェの成長を見守っている。


 今まで政治に参加することのできなかった民衆にも、議会を開くことで政治参加の機会を与える。

 そうすることによって、国家のことを民衆にとっての[他人ごと]ではなく、[自分のこと]だと、そう思ってもらえるようになる。


 エーアリヒの狙いは、エドゥアルドの改革の意義を人々に明らかにする場を設けるだけではなく、こうして、人々の意識を変革させることであるようだった。


 エドゥアルドは、考え込む。

 エーアリヒの上申の内容は理解できたし、そのメリットも明らかだったが、帝国貴族としてそんなことをしても良いのかと、そう思わずにはいられないからだ。


 議会を開き、民衆にも政治参加の機会を与える。

 それはすなわち、帝国でこれまで続いて来た支配体制の根幹を大きく揺るがすことになるのだ。


 三部会のように、臨時に、その時々の必要で開かれるようなものではない。

 常設の議会を開くということは、国家の意思決定に常に議会という存在を加えることであり、これまで貴族主導によって行われて来た支配を終焉させることにつながるのだ。


 実際に、民衆の革命によって議会が成立し、その議会によって国家のことが決定されるようになったアルエット共和国では、王政が終焉し、貴族たちも離散して没落した。


 エドゥアルドが上から改革して議会を開くか、民衆が下から革命して議会を開くかといった違いはあったものの、その行き着くところが同じにならないとは、エドゥアルドには断言することができなかった。

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