第206話:「議会:1」
ノルトハーフェン公国の宰相、エーアリヒ準伯爵が、エドゥアルドに[議会を招集すべき]との意見を申し述べたのは、狩りはじめの儀式が終わってから数日後のことだった。
「議会というのは……、それは、三部会のことか? 」
エーアリヒからの上申書を受け取り、議会を召集すべきとの意見を受けたエドゥアルドは、まず、そう言って確認していた。
三部会というのは、古くからタウゼント帝国などの諸国家で開かれて来た、臨時の議会のことだった。
それは3つの身分、聖職者、貴族、平民によって作られる議会で、国家にとって重要な案件がある場合に招集される、臨時の機関だった。
ただ、長らくの間、まともに開かれたことがない。
というのは、元々三部会というのは国家の重要事項について、社会を構成する主要な身分である3つの身分の人々からの支持を取りつけて決定を下すためのものだったが、多くの国家で権力の中央集権化が進み、王などの君主の権力が大きくなった結果、必要とされなくなっていたからだった。
ノルトハーフェン公国でも、三部会が最後に招集されたのは、数十年も昔のことだった。
「いえ、私(わたくし)が申し上げました議会とは、そういった臨時のものではございません。
常設の、国家機関のことでございます。
詳しいことは、そちらの上申書にしたためております」
エーアリヒにそう言われて、エドゥアルドはエーアリヒから渡された上申書に目を通す。
エーアリヒが言っている議会というのは、どうやら、隣国のアルエット共和国に存在する議会を基礎に、他の諸外国の制度を考慮して考えられたものであるようだった。
古くから度々実施されて来た三部会という議会は、聖職者、貴族、平民という3つの身分の者から代表者を集めて開かれるものだったが、エーアリヒの言う議会とは、そういった身分制度にはよらず、選挙権を与えられた者による投票によって選ばれた代表者たちによって構成される議会であるようだった。
エーアリヒの上申書は、どのような形で議会を作るべきか、簡潔にまとめられていた。
だからエドゥアルドはすぐにその概略を理解することができたのだが、しかし、エドゥアルドはまだよくわからない、という顔で上申書から顔をあげた。
なぜエーアリヒが議会を作らねばならないと上申して来たのか、その理由がまだはっきりとはしないからだ。
「エーアリヒ準伯爵。
貴殿の言う議会というものが、どういうものなのかは理解できた。
しかし、どうして今、この議会を開かなければならないのだ? 」
三部会というものが古くから存在してきたように、人々を集めて議論し、多くの意見を集めて、重要事項について決定するべき時があるというのは、エドゥアルドにもわかる。
しかし、今のノルトハーフェン公国は順調そのもので、エドゥアルドはエーアリヒやヴィルヘルム、その他の公国の貴族や国内の有力者たちなどの助言を聞き入れながら、その統治を円滑に行ってきている。
そんな状態で、わざわざ議会を招集するほどのことはないと思うのだ。
不思議そうにしているエドゥアルドに、エーアリヒはなにかを思い出したのか少し嬉しそうな様子になって説明を始める。
「公爵殿下。
実は、私(わたくし)、先日なかなかおもしろい意見を耳にしまして」
「おもしろい、意見? 」
「はい。
狩りはじめの儀式の後、公爵殿下のメイド、ルーシェ殿とお話をする機会があったのですが、その際、なにか大きなことを成すためには、民をして同じ道を歩ませなければならないと、そう教わったことがあるとルーシェ殿からうかがいまして」
「ルーシェが、そんなことを?
……ああ、なるほど、ヴィルヘルムだな」
エドゥアルドはルーシェが昔の思想家のようなことを言ったという話に少し首をかしげたが、すぐに納得したようにうなずいていた。
「はい。
なんでも、ルーシェ殿はヴィルヘルム殿から度々、勉強をさせていただいているのだとか? 」
「ああ、そうだ。
一見するとお気楽そうに見えるんだが、アイツはアレで、なかなか賢いし、理解も早い。
教えがいのある生徒だと、ヴィルヘルムもほめていたよ」
「私(わたくし)も、なかなか感心いたしました。
それで、話しを本題に戻しますと……。
今、公爵殿下が進めようとしておられる、徴兵制度の導入などの改革は、民衆からあまり評判がよろしくございません」
ルーシェの話題が出てなごやかな雰囲気だったが、そのズバリとしたエーアリヒの指摘に、エドゥアルドは「ム……」と、言葉に詰まって険しい表情をする。
徴兵制の導入について、国民からの支持が得られていない。
そのことはエーアリヒからもすでに聞いていたし、他の、エドゥアルドが助言を求めることのある多くの人々からも、同様の話を聞いている。
やめた方がいいと、直接、あるいは間接的にそう言われたことが何度もある。
「議会の導入によって、徴兵制についての理解も進む、ということか? 」
議会の話と一緒に徴兵制の話をエーアリヒがするということは、そういうことに違いなかった。
「はい、左様でございます、公爵殿下」
エーアリヒは、エドゥアルドの確認にはっきりとうなずいて肯定して見せた。
「議会を開き、直接、公爵殿下のお考えと、他の議員たちとの考えをとを交換し、相互に理解し合うことによって、はじめて、公爵殿下の行おうとしている改革の真の意義を、人々に明らかにすることができるでしょう」
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