第164話:「見慣れないメイド:2」

「あ、公爵殿下、もしかして、今!


 あたしのこと、チビでスタイルの貧相なちんちくりんだって、そう思いませんでしたか!? 」


 エドゥアルドは内心など少しも表情に出していないはずだったが、アンネは、敏感にエドゥアルドが考えていることを見抜いた様子だった。


「どうどう、落ち着きなさい、アン。

 公爵殿下の前ですよ」

「……あっ!?


 すっ、すみませんっ!! 」


 ふくれっ面になって不満そうにエドゥアルドのことを睨みつけるアンネを、シャルロッテがなだめるように諭(さと)すと、アンネははっと我に返り、しまった、というような顔をした。


 それから、彼女の表情はみるみる、青ざめ、ガタガタと震え出す。


「お、おい、大丈夫か?

 別に、僕は気にしないから……」

「もっ、申し訳ありません、公爵殿下っ! 」


 そのあまりの狼狽(ろうばい)ぶりに、エドゥアルドはアンネに心配しないように言おうとしたが、アンネには聞こえていないらしかった。

 ガバッ、と三つ編みを躍らせながら勢いよく頭を下げたアンネは、すみません、すみません、と何度もエドゥアルドに謝罪する。


「ああああっ、あたし、すみませんっ!

 初めて公爵殿下にお会いできたので、ちょっと、浮かれちゃってました!

 すみませんっ!

 本当に、ごめんなさい!


 だ、だから、打ち首だけは、打ち首だけはーっ! 」

「いや、このくらいで打ち首になんてしないから」


 本気で心配しているらしいアンネに、エドゥアルドは困惑しながらそう言う。


 実際のところ、ノルトハーフェン公国の刑罰には、現在でも打ち首は存在している。

 しかし、それに該当するのは重罪人だけで、しかも、ノルトハーフェン公国では明文化された法律によって裁判を行い、量刑が確定し、その裁判結果に疑義がない場合にのみ、実行に移される刑罰となっている。


 かつては、そうではなかった。

 時の貴族たちによって、気まぐれに打ち首などの重い刑罰が下されることもあったし、裁判を行いつつも、十分な調査もなく刑罰が決められてしまうようなことも、普通に起こり得ることだった。


 その悪い慣習を、エドゥアルドが改めさせたのだ。

 曖昧(あいまい)な法律をはっきりとした内容に変え、法の適用に厳格な基準を設けて、どんな場合に適用されるかを明確にした。


 こうすることで人々は、エドゥアルドの統治の下では法律に触れるようなことがないかぎり理不尽な刑罰を受けることはないと安心して暮らせるようになったし、今まで法律の曖昧(あいまい)な部分を突いて巧みに罪を回避しつつ、悪事を働いて来た者たちもずいぶん大人しくなっている。

 以前よりも人々は不安なく暮らし、治安も改善されていた。


 それはエドゥアルドが行って来た改革の成果だったし、その成果を、エドゥアルドは誇らしく思っていた。


「はぁ……。

 よかったぁ……」


 そのエドゥアルドの一言で、アンネはほっとしたようにため息をついた。


「お優しいんですね、公爵殿下は!


 あたし、尊敬しちゃいます! 」


 それからすぐに笑顔を浮かべると、アンネはそう言って、やや興奮気味に両手でガッツポーズを決める。

 どうやら感情の切り替えの早い性格であるようだった。


「公爵殿下、なにか、ご用はございませんか?


 あたし、まだまだ未熟者ですが、ぜひ、公爵殿下のお役に立ちたいんです! 」


 そしてアンネはそう言うと、エドゥアルドへ期待のまなざしを向けた。


 その視線に、エドゥアルドは、既視感を覚えていた。


(なんとなく、アイツに似てるな……)


 それは、今日は休んでいるメイド、ルーシェのことだった。

 ちょうど、エドゥアルドからなにか仕事をもらえないかと、なにか役に立ってほめてもらえることはないのかと、期待して待っている時のルーシェの表情と、今のアンネの表情の雰囲気が、よく似ているのだ。


 エドゥアルドはそんなことを考えるのと同時に、シャルロッテがアンネを連れてきた理由がわかった。

 ルーシェは黒髪に青い瞳、アンネは金髪に緑色の瞳で、遠目にもはっきりとわかるような外見的な特徴には大きな差異があるはずなのだが、その性格には似たところがある。


 だからシャルロッテは、アンネのこともエドゥアルドが気に入るだろうと、そう考えたのに違いなかった。


「えっと……、それじゃぁ、ちょうどいい時間だし、コーヒーをいれてもらえるだろうか?

 それと、少し小腹がすいているから、お茶菓子を」

「はいっ!

 お任せくださいませ、公爵殿下! 」


 エドゥアルドがさっそく用事を頼むと、アンネはハキハキとした様子でうなずき、公爵家のメイドとして求められる気品や優雅さを失わない範囲の機敏な動きで、さっそくエドゥアルドの用事を果たすべく部屋から去って行った。


「では、私(わたくし)は、他の仕事がございますので」

「ああ、シャーリー、いつもありがとう」


 さっそく働き始めたアンネの姿を見て、ひとまず大丈夫だと判断したのだろう。

 シャルロッテがそう断りをいれると、エドゥアルドはすぐにわかったとうなずいてみせた。


「お待たせいたしましたーっ! 」


 アンネがコーヒーセットとお茶菓子をもって騒がしく戻って来たのは、シャルロッテが部屋を出て行ってすぐのことだった。


 手早くお茶の準備をしていくアンネの動きには勢いがあり、その勢いにエドゥアルドは気圧されてしまっていたが、決して、悪い気分ではなかった。

 家族のいないエドゥアルドにとっては、賑やかな時間というのは、少し憧れのあるものなのだ。


 そして、エドゥアルドの気分を明るくしたのは、アンネの快活さだけではなかった。

 彼女のいれてくれたコーヒーの味は、いつもルーシェがいれてくれるコーヒーとは違った味がしたが、なにか彼女なりの工夫がしてあるらしく、とてもおいしかったからだ。

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