第163話:「見慣れないメイド:1」

 そのシャルロッテ言葉に、エドゥアルドは少し驚きながら視線を彼女へと向けた。


「考えたこと、とは? 」

「あの子がお休みの日に殿下のお世話を担当できるメイドを増やすのです。

 そうすれば、あの子が休んでも殿下にご不便をかけることもなくなりますし、ルーシェも休みやすくなると思うのです」

「なるほど……。

 しかし、シャーリーや、マーリアには頼めないしな……」


 エドゥアルドはなるほどとは思ったものの、悩んでしまう。


 エドゥアルドにとって古くからつきあいのある古参のメイドであるシャルロッテもマーリアも、重要な任務を兼任していたり、使用人たちを束ねたりしなければならなかったりで、忙しい。

 だからこそエドゥアルドは今日、御者のゲオルク以外の使用人を連れずに視察に向かったのだ。


 だから、エドゥアルドの身の回りの世話のやり方を心得たメイドを増やす。

 確かに、ワーカホリック気味のルーシェから、彼女が働かなければならない理由、あるいは仕事をする口実の1つを無くすことになり、ルーシェにもっと休みを取らせることができるようになるだろう。


 かといって、あまり親しくもない使用人たちに身の回りの世話をさせることも、あまり好ましくはない。

 今ヴァイスシュネーで働いているどの使用人に頼んでもきちんと仕事をしてくれるだろうとは思うのだが、今までエドゥアルドの身の回りの世話をしていた使用人というのは、エドゥアルドが実権なき公爵としてシュペルリング・ヴィラで暮らしていた時から一緒にいる、家族のような者たちなのだ。

 今さら、特に親しくもない他人に身の回りの世話をされても、と思うのだ。


 それに、正直なところを言うと、エドゥアルドは、ルーシェの休みが増えることを喜びつつも、できるだけ自分の身の回りにいて欲しいとも思っていた。

 たまにドジをするクセは治っていないが、あの賑やかな少女がいないと、なんとなく物足りないのだ。


 見ず知らずの使用人を世話係につけて、ギクシャクとした雰囲気を経験するよりは、いっそ、ルーシェたちがいない時は、今日のように1人で行動する方が気楽だとさえ、エドゥアルドは思っている。


「実は、今日は殿下の身の回りのお世話を担当する新しいメイドの候補を連れてきておりまして。

 もしよろしければ、試しに殿下のお近くに置いていただいても、よろしいでしょうか? 」

「もう、連れてきているのか? 」

「はい。

 部屋の外で待っているようにと申しつけてあります」


 正直、エドゥアルドとしては気が進まない。


 しかし、すでにエドゥアルドの身の回りの世話を担当する新しいメイドを部屋の外に呼んで待たせてあると聞くと、もう、強く反対することもできなかった。

 ここで追い返してしまうのは、なんとなく、悪いような気がするのだ。


「わかった。

 試しに、会ってみよう」

「かしこまりました」


 エドゥアルドがうなずいてみせると、うやうやしく一礼したシャルロッテは、いったん、部屋から出て、それからすぐに、エドゥアルドの身の回りの世話をする新しいメイドを連れて戻って来る。


 それは、エドゥアルドが今まで見たことのない、見慣れないメイドだった。


────────────────────────────────────────


「お初にお目にかかります、公爵殿下!


 私(わたくし)、アンネ・シュティと申します!


 どうぞお気軽に、アン、とお呼びくださいませ! 」


 シャルロッテが連れてきたメイド、アンネは、エドゥアルドの前できれいに整った仕草で一礼して見せると、ハキハキとした口調でそう言って挨拶をした。


 メイド服に身を包んだ、明るい金髪に碧眼(へきがん)の、活発そうな印象の少女だ。

 髪を長くのばしているが、仕事をする際に邪魔にならないようにすべて後ろの方へなでつけ、頭の後ろで左右に分けて三つ編みにしているために、おでこが広く見える。


「あ、ああ。

 僕が、エドゥアルドだ。


 アン、これから、よろしく頼む」

「わぁっ!

 ありがとうございます、公爵殿下っ! 」


 アンネの勢いにやや気圧されつつもエドゥアルドが言葉を返すと、アンネはパッと輝くような笑みを浮かべた。

 どうやら、エドゥアルドが彼女のことをさっそく「アン」と呼んだことに、感激している様子だった。


 戸惑っているエドゥアルドの様子を見て少し微笑んだシャルロッテは、アンネについての情報を補足してくれる。


「アンは、私(わたくし)たちがアルエット共和国に出向いている最中に、新しくお屋敷に入ったメイドでして。


 まだまだ勉強してもらいたいことはあるのですが、なかなか筋が良いですし、明るい性格をしていて、年も殿下にお近いですので、ルーシェがお休みする時の代役として適任かと思います」

「年が近い?


 アン、もしよければ、年を教えてもらってもかまわないだろうか? 」

「はい、もちろんです、公爵殿下!


 18です! 」


 エドゥアルドの問いかけに答えるアンネは、シャルロッテから「筋がいい」とほめられたのが嬉しかったのか、少し自慢するように胸を張っていた。


(18なのか……?


 もっと、下かと思ったのだが……)


 エドゥアルドはアンネにうなずいてみせながら、内心でそんなことを思っていた。


 というのは、アンネの背格好は、19歳であるはずのシャルロッテと比較すると、ずいぶんと小ぢんまりとしているのだ。

 背が低いというだけではなく、全体的に華奢(きゃしゃ)で、しっかりとした大人の女性というような雰囲気のあるシャルロッテと比較すると、ずいぶん幼く見える。


 エドゥアルドは最初、ルーシェとさほど年が変わらないのではないかと思ったほどだった。

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