第160話:「野戦砲の改良:1」

 それからエドゥアルドは、今回の視察の本題をオズヴァルトへと切り出した。


 ノルトハーフェン公国だけではなく、帝国全体で重要な機能を果たしている兵器工場の操業状況を見ることももちろんその目的だったが、それだけならわざわざこうして出向かずとも、人をやって後で報告を受けるだけでもいい。


「オズヴァルト殿。

 実は今回、こうして訪れたのは、貴殿に相談したいことあったからなのだ」

「……はて?


 私(わたくし)めに、相談、ですと? 」


 エドゥアルドの言葉に、オズヴァルトはきょとんとしたような表情で首をかしげる。

 丸々太ったオズヴァルトの姿をあいまって、なかなか愛嬌(あいきょう)のある仕草だ。


 しかし、エドゥアルドには、オズヴァルトが内心で身構えていることがわかっていた。

 それはオズヴァルトが一瞬だけ視線を鋭くしたことから、容易に察せられる。


 また、なにか厄介な要求をしに来たのか。

 オズヴァルトはそんな風に警戒しているのに違いなかった。


 以前、エドゥアルドはオズヴァルトのこの兵器工場を、半国営化した。

 それは決してオズヴァルトに利益のない話ではなく、彼の事業に対してノルトハーフェン公国から支援を行うという約束ありきのことだったが、しかし、オズヴァルトが苦労して運営してきた工場の権利を、エドゥアルドが鶴の一声で奪って行ったという事実は変わらない。


 またあの時と同じように、なにか要求しようとしているのではないか。

 オズヴァルトが身構えるのも、当然だった。


 そんなオズヴァルトの態度に、エドゥアルドは内心でやれやれ、と思いつつ、目の前のテーブルの上に何枚かの紙を広げる。


「……はて? これは、いったいなんでございます? 」

「新式の野戦砲のアイデア、そのイメージイラストだ」


 エドゥアルドが広げた紙の上に描かれていたものを興味深そうに眺めていたオズヴァルトに向かって、エドゥアルドはそう言って、それぞれの説明を始めた。


 それは、アントンが初代参謀総長に就任して、徐々に機能し始めている参謀本部の第三部による、初めての仕事になるものだった。

 といっても、今は黎明期(れいめいき)にあってまだ自立した組織としての機能はもっていないから、この新しい野戦砲のアイデアは、アントン、そしてヴィルヘルムの手によるものだ。


 エドゥアルドはアルエット共和国での戦役で、砲に機動力を持たせるという発想に触れることができた。


 大砲は、威力は大きいが、重くて、動かしづらいもの。

 だからそもそも、戦場では機敏に動かして運用することはできないと、そんなふうにエドゥアルドは先入観を持っていた。


 しかし、アルエット共和国の名将、ムナール将軍は、そんな常識にはとらわれず、砲車を改良して単純により多くの馬に引かせるという強引な方法ではあったものの、戦場で野戦砲を機敏に動かせるように改良を施していた。


 大砲は、強力な武器だ。

 そこから放たれる砲弾は一度に何人もの兵員を殺傷することができてしまうし、滑腔式のマスケット銃が主力武器である現状、大砲は歩兵たちの射程外から一方的な攻撃を加えることができる。


 もしそんな大砲を、戦況に応じて、柔軟に移動させ、その火力を発揮させることができるとしたら。

 きっと、ノルトハーフェン公国軍の戦力は、飛躍的に向上するのに違いなかった。


 しかし、現在の公国には、エドゥアルドが実施したいと考えている新しい運用方法に適した大砲が存在しなかった。


 ノルトハーフェン公国では、これまでに主に3つの大砲を運用して来た。


 1つは、150ミリ口径の重野戦砲。

 もう1つは、100ミリ口径の野戦砲。

 そして、75ミリ口径の野戦砲。


 どれもカノン砲と呼ばれる、砲弾を高初速で発射し、低い弾道で砲弾を飛ばす兵器だ。

 マスケット銃と同じく滑腔式ではあるものの、弾速が速く弾道の起伏も小さいことから、比較的命中率の良い大砲だ。


 この3つの大砲を公国が運用してきたのは、数十年前に行われた軍制改革で、様々に乱立していた大砲の形式と性能を統一し、運用と生産の効率化を図ったからだった。

 このおかげで、ノルトハーフェン公国軍は高品質な大砲を安定して装備することができ、度々、その恩恵にあずかって来た。


 だが、これらの大砲は、エドゥアルドが考えているように、歩兵部隊の行動に合わせて戦場で進退させるためには、重すぎた。


 最大の大きさを誇る150ミリ重野戦砲は、その威力はバツグンであり、堅固な守りの要塞を砲撃するためや、射角の取れる場所に固定して敵陣を砲撃するなどするための大砲だ。

 しかし、あまりにも重量があるために、1度固定してしまうと、戦況に合わせてより適切な砲撃位置に動かすことはほぼ不可能だし、そもそも行軍している最中に落伍しかねないという代物だった。


 100ミリ野戦砲は150ミリ重野戦砲よりも威力で劣るがやや軽く、軍隊の行軍にもなんとか追従できるものだ。

 だが、戦場で砲撃を行うために展開してしまうと、砲撃位置を変更することはまず不可能なのは150ミリ重野戦砲と変わらない。


 75ミリ野戦砲は、比較的動かすことができる大砲、というか、そのために採用された大砲だ。

 100ミリ野戦砲よりも威力では劣るが、十分大砲として期待される威力を持ち、簡易的なバリケードなどを使っている敵に対して威力を発揮できる。


 だが、動かせるとはいっても、歩兵部隊の進撃に追従して、となると無理だった。

 歩兵部隊が敵の防御施設などによって足止めされてしまった際に、予備兵力として置かれていたこの75ミリ野戦砲を前進させ、至近距離から砲撃して吹き飛ばす、というのが想定された使い方だった。


 ノルトハーフェン公国で採用されている大砲はどれも登場当時は非常に優秀なもので、タウゼント帝国だけでなく諸外国でも模倣されたり参考にされたりしたものだったが、しかし、ムナール将軍がやって見せたような、迅速な火力発揮はできない。


 そこを改めたいというのが、エドゥアルドの考えだった。

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