第159話:「兵器工場:2」

 ノルトハーフェン公国、いや、タウゼント帝国で随一(ずいいち)の大商人、オズヴァルトが持っている兵器工場は、大賑わいだった。

 鋼鉄の精錬を行う鉄工所と、それを兵器やその他の製品に加工する工場が隣接して建てられているヘルシャフト重工業の敷地では、慌ただしく材料や人が動き回っている。


 そこへ、公爵用の馬車で、わずかな騎兵の警護とともにエドゥアルドが乗りつけると、事前に予定を知らせてあったので当然なのだが、オズヴァルトがうやうやしい態度でエドゥアルドのことを出迎えた。


「我が工場に、ようこそおこしくださいました、公爵殿下。


 このオズヴァルト、殿下のおいでを、こうして、今か今かと、お待ちしておりましたぞ」


 御者のゲオルクが馬車の扉を開き、エドゥアルドが馬車の中から姿をあらわすと、オズヴァルトは満面の営業スマイルで、もみ手をしながらエドゥアルドのことを出迎えた。


 かつてオズヴァルトは、このノルトハーフェン公国でくり広げられた、公爵位を簒奪(さんだつ)しようという陰謀に加担していたことがある。

 裏で、廃棄したことにした武器などを簒奪者(さんだつしゃ)たちに横流ししたり、こっそり資金提供などをしたりしていたのだ。


 しかし、簒奪(さんだつ)の陰謀が阻止され、エドゥアルドが正式に公爵としてノルトハーフェン公国を統治し始めて以来、オズヴァルトはエドゥアルドにペコペコと頭を下げ、へりくだるようになっていた。


 なにしろ、エドゥアルドはオズヴァルトにとってのお得意さまだ。

 この兵器工場の権利の半分をエドゥアルドに握られてしまったとはいえ、オズヴァルトが新しく始めようと準備を進めている鉄道事業にエドゥアルドは多額の出資を約束しているし、数多くの小銃や大砲などを購入している。


 おまけに、エドゥアルドはオズヴァルトがこれまでにしでかして来た、いろいろな[裏]も把握している。

 互恵関係にあるのと同時に、いつでもオズヴァルトを逮捕できる権力と口実を持っているのだから、オズヴァルトとしてはエドゥアルドの機嫌を損ねるわけにはいかないのだろう。


 そんな、オズヴァルトの苦慮が、エドゥアルドの到着を屋外で待っていた彼の様子ににじみ出ている。

 ノルトハーフェン公国の夏は耐えがたいほどの暑さではないのだが、やはり日差しは厳しいものがあり、エドゥアルドの到着を予定時間のかなり前から待ち続けていたらしいオズヴァルトは、少し汗ばんでいる。


(なるほど、これが、権力に媚(こ)びる者か)


 エドゥアルドは口では「出迎え、大儀」とオズヴァルトの示した忠誠心をねぎらいつつも、内心で皇帝・カール11世の[人は権力に微笑む]という言葉を思い出していた。


 大商人であるオズヴァルトからすれば、こうしてエドゥアルドのことを丁重に出迎えているのは、決して、エドゥアルドのことが好きだからではないだろう。

 エドゥアルドが多額の融資をしてくれるうえにたくさん買い物もしてくれる上客であるからにちがいない。

 ついでに言えば、いつでもオズヴァルトのことを逮捕できる力も持っている。


 オズヴァルトはきっと、その満面の営業スマイルの裏では、内心、エドゥアルドのことをこころよくは思っていないだろう。

 しかしそれでもこうして必死にエドゥアルドのご機嫌をとっているのは、エドゥアルドが時の権力者であるからだ。


 そう思うと、エドゥアルドにはオズヴァルトのうやうやしい態度が、哀れさを通り越して、滑稽なもののように思えた。

 もうけを出して会社をうまく回していくためには、こうして下げたくもない頭をペコペコと下げることができるのが、商人、オズヴァルトという人間なのだ。


やがてエドゥアルドは、オズヴァルトの案内によって工場内の事務棟にある、上客用の応接室へと案内されていた。


「それにしても、オズヴァルト殿。

 ずいぶん、羽振りがよさそうだな? 」

「ええ、はい、もちろん!

 ご覧の通り、工場は休日返上で、大忙しでございます!


 まったく、商売人としてはありがたい限り、戦争様様でございます」


 出されたコーヒーには口をつけずに、応接室の窓から外の喧騒(けんそう)を見たエドゥアルドがなにげなくそう言うと、オズヴァルトはホクホク顔でうなずいた。


「もう、2、3年分の受注が一気に入ってきた次第でありまして。

 臨時で従業員も増やして、シフトを作って、交代で工業を操業させております。


 それでも、すべての顧客の皆様のご要望に応えるのは難しい、という状況でありまして。

 大変恐縮ではありますが、一部のお客さまには、少々お待ちいただいているような形となっております。


 ……あっ、もちろん、エドゥアルド殿下は別でございますよ?


 この工場の半分は、殿下の、ノルトハーフェン公国のものでございますから、なにかご要望がございましたら、このオズヴァルトの責任で、最優先で対応させていただきます」

「ああ、助かる」


 オズヴァルトは実に上機嫌だったが、エドゥアルドは複雑な気持ちでうなずいていた。


 確かに、オズヴァルトからすれば、[特需]と言っていい現在の活況は、嬉しくてしかたのないものだろう。

 需要に供給が追いつかない状態なので、金額を余計に出せる顧客は普段よりも割増の料金でも払ってくれるし、オズヴァルトは大儲けしている。


 それによって租税も入って来るから、ノルトハーフェン公国としてもありがたい限りだ。

 しかも、オズヴァルトが増員を行った、と言っていたように、新たな雇用が生まれている。


 たとえば、ルーシェがかつて2匹の家族と共に暮らしていた、スラム街に生きている人々。

 エドゥアルドが始めた支援政策で以前よりは生活環境が改善されつつあったものの、貧困からは抜け出せずにいたその人々の多くが、人手不足で手当たり次第に人を雇い入れているオズヴァルトの手によって雇用を得て、新たな収入を得ている。


 戦争、様様。

 オズヴァルトが言ったように、すべてが戦争のおかげなのだ。


 戦争のおかげでノルトハーフェン公国は潤い、そこに暮らしている人々も新たな収入を得て、最悪の貧困層に属していた人々にも光明が見えたのだ。


 しかし、エドゥアルドは戦場がどんなものなのかを、その目で知っている。

 こうして戦争の恩恵を受けている人々がいる一方で、大勢の人々が犠牲になったのだということを考えると、エドゥアルドはこの状況を純粋に喜ぶことはできなかった。

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