第158話:「兵器工場:1」

 ノルトハーフェン公国でエドゥアルドが実行しようとしている軍制改革は、その内容が定まりつつあった。


 参謀本部はすでにアントンを初代参謀総長として活動を開始しているし、ノルトハーフェン公国国内での国勢調査もおおむね完了し、必要最低限のデータはそろった。


 エーアリヒの試算によれば、18歳に達した男子をすべて徴兵し、兵役期間を2年と設定すると、最終的にノルトハーフェン公国軍は5万程度の規模にまで拡大するのだという。

 これは、規模だけで言うならば、帝国内の他のどんな諸侯の軍隊よりも大きいということになる。


 それは、あくまで国民皆兵を実現できれば、という話ではあるものの、もし実現すれば、エドゥアルドの帝国内での発言力は大きなものとなるだろう。


 ただ、徴兵制度の導入に関しては、反対意見も多くよせられてきていた。

 その論調は、様々だ。


 根本的な問題として、人々から自由を奪い、兵士となることを強制するのは、よくないことなのではないか。

 そもそも徴兵によって無理やり集められた兵士たちが、ちゃんと戦うことができるのかどうか。

 徴兵するとして、そうして拡大した軍の維持費を、どうやって捻出(ねんしゅつ)していくのか。


 表立ってよせられる意見はそうしたものだったが、その陰には、表立っては言うことのできない反対理由もあるだろう。


 たとえば、旧来から将校や兵士として仕えてきた者たちからの反発。

 職業軍人としてのプロ意識を持っている者は決して少なくはなく、そういった彼らがいるにも関わらず、徴兵制によって兵士を増やすことは、エドゥアルドが[お前たちのことをアテにしていない]と言っているのに等しかった。


 エドゥアルドには、そんなつもりはまったくない。

 徴兵制を導入するのはあくまでアルエット共和国軍という、ムナール将軍という軍事の天才に率いられた新しい軍隊に対抗するためなのだ。


 しかし、そんなエドゥアルドの考えを知らない人々から見ると、エドゥアルドが行おうとしていることは、意図しない形で受け止められることもある。

 それは誤解と呼ぶべきものだったが、簡単には解消できないものだった。


 人は、権力に微笑む。

 皇帝・カール11世からエドゥアルドに与えられたその示唆(しさ)は、よせられる意見の奥底に、表面にあらわれているものとは別のものが含まれているのだと察することのできる機知をエドゥアルドに与えてくれていた。


 しかし、反発があるのは承知の上で、エドゥアルドは改革を続行した。

 絶対にそれが必要になるという、確信があるからだった。


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 エドゥアルドは忙しい日々を送っていたが、それも、ひと段落しつつあった。

 参謀本部の設立に関する下準備はほぼ終わって動き始めており、アントンたちに任せておけば、エドゥアルドが手を下さずとも順調に実現していくだろう。

 徴兵制の導入については相変わらず反対意見もあり、難航しているものの、それでも具体的な実施方法を議論する段階までは進んできている。


 少し時間に余裕が出てくると、エドゥアルドはその時間を使って、ノルトハーフェン公国の名前の由来ともなった港湾都市、ノルトハーフェンへと視察に出向いていた。


 目的地は、ノルトハーフェン公国、いや、タウゼント帝国で一番の大商人、オズヴァルトが経営している、ヘルシャフト重工業の兵器工場だった。


 それは、以前、オズヴァルトが新たに計画していた鉄道事業に対し、エドゥアルドが国として大きく援助すると約束する代わりに、その権利の半分を(強奪同然に)獲得した、半国営の工場だ。


 帝国の戦争は一応終結してはいたものの、兵器工場はずっと、忙しく稼働し続けていた。

 ラパン・トルチェの会戦で敗北したことにより失った装備を補充するために、帝国中から数多くの注文が舞い込んでいるからだ。


 小銃も、大砲も、兵器工場では急ピッチで製造を続けている。

 数年分の受注が、一気に押しよせてきているのだ。


 その兵器工場をエドゥアルドが視察しようと思い立ったのは、半分は、息抜きだった。

 軍制改革で忙しく働き続けだったから、少しヴァイスシュネーからは離れてみたくなったのだ。


 残りの半分は、もちろん、仕事だった。

 だがそれは、他の諸侯が盛んに使いの者を送り込んで督促(とくそく)しているように、兵器工場の製造能力の限界から遅れ気味となっている納期を守るように、プレッシャーをかけるためではない。


 エドゥアルドは、兵器工場の権利の半分を保有している。

 だから兵器工場の生産能力の半分はノルトハーフェン公国のために優先して使われており、ノルトハーフェン公国軍に対する兵器の補充は、順調に進んでいる。

 今はもう、ノルトハーフェン公国軍への補充は終わって、エドゥアルドが権利を持っている分の生産能力についても、他の諸侯のための生産に振り向けられ始めているほどだった。


 では、どうしてエドゥアルドが視察に向かったのかというと、オズヴァルトに、新型の兵器を開発してもらうためだった。


 ラパン・トルチェの会戦に関連して、エドゥアルドにはしばらくの間、わからなかったことがあった。


 それは、ムナール将軍が、どうやって野戦砲を迅速に展開できたのか、ということだ。


 大砲というのは、重い兵器だ。

 砲弾を発射する強度を確保し、火薬の爆発の衝撃に耐えられるように、砲そのものも、砲架としても機能する砲車も、頑丈に作られている。

 だから、本当なら、戦場の戦況に応じて迅速に移動させて射撃するなどという芸当は、できないはずだった。


 しかし、ムナール将軍はそれをやってのけた。

 会戦の勝敗を決定づける重要な局面に、最適なタイミングで素早く、しかも大量の野戦砲を展開して、大放列と呼ばれる強力な放列を敷いたのだ。


 どうやって、重くて動かしにくいはずの大砲を動かしたのか。

 そのカラクリが、エドゥアルドにはわからなかった。


 しかし、後になって情報が集まってくると、簡単な工夫だったことがわかった。

 ムナール将軍は共和国軍が装備している野戦砲を改良し、今までよりも多くの馬で、より高速で牽引(けんいん)し、すぐさま最適な発射位置につけるように改良を加えていたのだ。


 単純に[馬力]が強いのだから、重い大砲も戦況に応じて素早く動かすことができたのだ。


 エドゥアルドは、できれば、ノルトハーフェン公国軍が装備している大砲についても、ムナール将軍の[騎馬砲兵]と同様の機動力を与えたかった。

 それだけ、ラパン・トルチェの会戦での[大放列]の威力はすさまじく、印象深いということだった。


 そしてエドゥアルドは、どんなふうに野戦砲を改良してもらいたいかという案をいくつか持って、それをオズヴァルトに説明するために、視察に出向いて来たのだ。

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