第157話:「軍制改革:3」

 将来の帝国のために。

 そう考えてエドゥアルドが行おうとしている軍制改革は、少しずつ形になり始めていた。


 帝国がアルエット共和国侵攻作戦で露呈(ろてい)した問題点を解決するために設置されることとなった参謀本部をどのようなものとするか。

徐々にその内容が明確に、具体的なものとなり、現実のものとするべく、動き始めている。


 ただ、問題なのは、この参謀本部という新しい組織を成立させるために必要な人材がほとんどいない、ということだった。


 参謀という存在は、これまでノルトハーフェン公国軍にはいなかった存在だ。

 皇帝直轄の親衛軍であれば、規模が大きいし、参謀制度に類似する高級副官制度というものがあったのだが、総勢でも3万程度にしかならないノルトハーフェン公国軍にはそのような制度は、そもそも作る必要もなかったのだ。


 だが、幸いにも、この問題でも、アントンを客将とできたことが大きな効果を発揮した。

 帝国陸軍の将校として勤務していた若手の将校たちの一部が、アントンのことを慕って、協力するために帝国陸軍を除隊してわざわざ駆けつけてくれたのだ。


 また、ノルトハーフェン公国軍の将校たちの中からも、若手の将来有望な将校を中心に、この参謀本部という新たな組織に編入されることが決まった。

 今回の戦役に従軍したことで大尉に出世していたミヒャエル・フォン・オルドナンツも、参謀本部に転向する将校として選ばれた1人だ。


 そして、参謀本部の初代参謀総長には、客将でありながらも、アントンが就任することが決まった。


 これは、社会的には皇帝から処罰を受けているということをおもんばかる必要のあるなかで行われた、危うい人事だ。

しかし、エドゥアルドとしてはアントン以外にこの新しい組織の長を任せられる人物など考えられなかった。


 こうして、参謀本部は設立に向けて順調に動き出していったが、その一方で、難航していたのは、ノルトハーフェン公国軍を国民皆兵の軍隊とすることだった。


 ノルトハーフェン公国で徴兵制を実施する。

 そのことについては、国内のことをもっともよく把握している宰相のエーアリヒが中心となって進めていたが、その進み具合は遅いものだ。


 なぜなら、エーアリヒはまず、ノルトハーフェン公国にどれだけの数、兵役に適した年齢の青年男子が存在しているかを調べることから始めなければならなかったからだ。


 実を言うと、ノルトハーフェン公国ではこれまで、その領内にどれだけの人々が住んでいるのか、詳細に調査を行ったことがなかった。

 人数だけはおおまかに把握していたが、どこに誰が住んでいるのかなどという細かい情報は、収集する手間もコストもかかるし、そもそもその必要性も薄かったことから、きちんと調べられていなかった。


 しかし、徴兵制を実施するとなると、ノルトハーフェン公国の国民に対し、正確な調査を実施しなければならなかった。


 そもそも、どれだけの人数を徴兵できるのかを把握できていなければ、徴兵できる人数を計算することもできない。

 また、その人物の家族構成や経済状況などを把握し、徴兵しても生活に致命的な支障が生じたりしないようにしなければならないのだ。

 いくら必要性があるからといって、国家・国民の経済を成り立たせることができないような制度を作ったのでは、国を亡ぼすことにしかならないからだ。


 こうした基礎的なデータが不足していたことから、エーアリヒの仕事ははかどらなかった。


 加えて、徴兵を実施するとなると、民衆から少なくない反発が出るだろうと予想された。


 徴兵は言うまでもなく、兵士となることを自発的には望まない者たちに、兵士となることを強制する制度だ。

 今までそんなことは行ってこなかったのに、これからは行うとなれば反発が出るのは当然のことだった。


 その点についても、エーアリヒが考えてくれている。

 ノルトハーフェン公国の人々にどうやって徴兵を受け入れてもらうのかも、エーアリヒにとっては頭の痛い問題であるのに違いなかった。


 エドゥアルドは、もどかしい思いだったが、気長に待つことにした。

 数百万もいるノルトハーフェン公国の人々の詳細な状況を調査することがどれほど手間のかかることなのかはエドゥアルドにも容易に想像することができたし、人々に徴兵制度を受け入れさせる方法にどれほどエーアリヒが苦慮(くりょ)しているのかは、日々、その報告を聞いているから、エドゥアルドもよく理解できている。

 こればかりは、待つしかないことだ。


 幸いなことに、タウゼント帝国の周辺の情勢は、エドゥアルドが危惧していたよりもずいぶんと落ち着いていた。


 バ・メール王国軍は、今もアルエット共和国軍からの攻撃に耐え続けている。

 相変わらず、王国軍が籠城しているサン・ルージオン要塞は、陸上では共和国軍によって包囲され続けている。

 しかし、海路からの補給線は健在なままで、王国軍は共和国軍による攻撃に耐え続けている。


 また、タウゼント帝国からも、さらに1万の義勇兵による増援を送り込んでいる。

 これは、先に送り込んだ5千の義勇軍と交代させるために編成して送り込んだ部隊で、バ・メール王国軍にとっては実質的に5千の兵力が増えただけではあったが、小規模な攻撃をしかけてきた共和国軍を撃退するなどの活躍を見せている。


 共和国軍がなかなか王国軍を屈服させられないことから、タウゼント帝国の隣国たちも、積極的な動きは見せていなかった。


 隣国たちは、共和国が王国を屈服させ、帝国と直接争うようになれば漁夫の利を狙おうと虎視眈々(こしたんたん)と狙っているのに違いない。

 しかし、共和国軍が帝国に手を出さないうちに自分が先に動いてしまうと帝国からの反撃を集中されてしまうという状況では、動くに動けない様子だった。


(1年は、欲しい……)


 エドゥアルドは、そう願っていた。


 1年あれば。

 そうすればきっと、参謀本部はその機能を十分に果たせるようになっているだろうし、難航している徴兵制の導入にも、見通しが立つはずだった。

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