第156話:「軍制改革:2」

 ノルトハーフェン公国に客将としてアントンを招き入れたエドゥアルドは、アントンからの提言を受けて、さっそく、どのような形でノルトハーフェン公国に適応させていくかを議論し始めた。

 助言者であるヴィルヘルムはもちろん、宰相のエーアリヒ、ノルトハーフェン公国に仕えている主要な貴族や将校たちも集め、それぞれの意見を徐々に拾い上げていく。


 エドゥアルドが行おうとしている改革は、ある意味では分不相応なものだ。

 ノルトハーフェン公国軍はその全軍でも3万程度であり、タウゼント帝国全体に適応することを念頭に置いた組織を構築することは、規模という点でまったく異なっている。


 だがエドゥアルドは、将来、帝国が真に改革の必要を痛感させられた時に、その模範となるような体制を作っておきたかった。

 帝国全体を改革できればそれに越したことはないが、今のエドゥアルドにはそうするだけの権限も力もなく、自分の手の及ぶ範囲でできる限りのことをしておくとなると、ノルトハーフェン公国には不釣り合いな規模の改革でも実行しておきたかった。


 そうして、アントンを中心に多くの人々からの意見を集約していった結果、参謀制度と兵站幕僚部という組織を、それぞれ別個に作るのではなく、1つに集約するべきだという方針が固まった。


 これは、その役割から考えて、参謀制度と兵站幕僚部という組織をわけて作るのは不便ではないかという意見が多く出されたからだった。


 兵站幕僚部は、軍全体の作戦行動を計画する機能を持つことになる存在だ。

 必然的に、戦争中の作戦指導にも大きな発言力を持つことになる、というか、大きな発言力を持たなければ、その機能は成立しない。


 その一方で、参謀制度は、指揮下にある各部隊と司令部との意思疎通を円滑にし、各部隊を効率的に統率して運用するためのものだ。

 わざわざ兵站幕僚部とは別に、作戦の遂行に大きなかかわりを持つ参謀制度を設け、兵站幕僚と参謀とを両方とも存在させてしまうと、軍隊の作戦に大きく関与する存在を新たに2つも作り出してしまうことになる。


 つまり、互いの権限や役割が重なり合って、かえって混乱を招くことになるのではないかというのが、参謀制度と兵站幕僚部を1つにまとめるべきだという意見の趣旨だった。


 この結果、参謀制度と兵站幕僚部は1つの存在として統合されることとなり、最終的に[参謀本部]という名前で呼ばれることとなった。


 この参謀本部は、主に三つの部署によって構成される。

 第一部は、事務的な部署で、主に人事などを担当する。

 第二部では、軍隊組織、訓練、用兵、動員計画(兵站計画でもある)を担当する。

 そして第三部では、科学技術や兵器を担当する。


 この中で特に大きな機能を果たすのが、第二部だった。

 ここでは、現代戦に必要な軍隊組織の内容や規模、訓練内容、用兵理論を研究し、どんな軍隊を作るべきかを決定するほか、様々な状況を想定してどのように兵力を配置し動かすのかという、動員計画を決定することとなる。

 軍隊をどのように構成し、どんなふうに用いるかを決める部署が、参謀本部の第二部ということになる。


 いわば、ノルトハーフェン公国軍の頭脳となる集団だった。

 彼らは平時から戦時を想定した計画を策定し、軍の統率者であるエドゥアルドや各部隊を補佐し、勝利をもたらすために力を尽くすことになる。


 また、この参謀本部を設立するのに当たって、アントンはこの新しい組織を十分に機能させるために、さらにいくつかの提言を行った。


 1つは、参謀として配置された将校たちに、旅行を推奨すること。

 2つは、本部に勤務する参謀と、各部隊に配属される参謀とを定期的にローテーションすること。

 3つは、参謀に帷幕上奏権(いばくじょうそうけん)を認めること。


 1つめの旅行、というのは、奇妙に映るかもしれない。

 しかしこれも軍事目的のことであり、旅行を推奨する理由は、[戦場となるかもしれない場所の地形を、事前にその目で確かめておく]ためだ。


 つまり、参謀となった将校は旅行を積極的に行い、作戦計画を立案するためには絶対に必要となる地理的な知識や、地図を作成しておかなければならないということだ。


 2つめは、参謀本部という組織が特権的な存在として増長し、組織として硬直することを防ぐ目的だった。


 参謀本部に配属されることとなる将校たちは、みな、軍を運用する上で重要な立場に立つことになる。

 そういった大きな権限を持った組織で人事を固定してしまうと自然と内輪意識が生まれ、他の部署や組織との折り合いが悪くなり、また、権限が強いだけに増長しかえって機能不全を起こす可能性がある。


 それを防ぐために、定期的に参謀本部と前線部隊とを行き来させることで、風通しの良い、視野の広い組織を作るのだ。

 これは、デスクワークで参謀将校たちの身体がなまらないように、という狙いもある。


 そして、3つめの帷幕上奏権(いばくじょうそうけん)とは、参謀たちが主君であるエドゥアルドに直接意見を申し述べる権利のことだ。


 なぜこれが必要なのかといえば、戦争の局面が急激に変化した場合にはわざわざ正規の手続きをとって意見を上奏していたのでは手遅れになる場合が考えられるし、直接言上しなければエドゥアルドに正確に意見が伝わらないという可能性もあるからだった。

 また、軍以外にも強い権限を持っている存在、たとえば高位の貴族などから軍の作戦行動に介入するようなことがあった場合に、直接エドゥアルドに軍としての意見を伝えることができるようにする目的もあった。


 ただ、この帷幕上奏権(いばくじょうそうけん)には、危険な側面もあった。

 正規の手順をすべて省略してエドゥアルドに上奏できるということは、参謀が個人的に考えた作戦などをエドゥアルドに意見できてしまうということだった。


 たとえば、参謀将校が弁舌に巧みであった場合。

 その弁舌によって君主を説得、よりはっきり言ってしまえば丸め込んで、参謀本部が組織として立案した作戦を否定し、参謀将校個人が策定した作戦を採用させてしまうという事態が起こり得る、ということだった。


 エドゥアルドは若年ながらもすでに英明な君主として知られ始めているから、参謀が個人的に作戦を持ち込んできても、丸め込まれるなどということはないだろう。

 しかし、エドゥアルド以外の君主であれば、丸め込まれてしまう危険は否定できない。


 新たに生まれようとしている参謀本部という組織は、おそらく、形を変化させつつも、エドゥアルドの次の世代、そのさらに次の世代にも、引き継がれていくだろう。

 そんな組織に、構造的な欠陥を作ってしまうということは、十分に熟慮しなければならないことだった。


 しかしエドゥアルドは、このアントンの3つの提言をすべて受け入れることにした。


 1つめと2つめには、そもそもなんの異論もない。

 3つめの帷幕上奏権(いばくじょうそうけん)についても、危険性は十分に承知の上で、それでも、実際にアントンの意見が諸侯たちの意見によって塗りつぶされた場面を目にしている以上、認めなければならないと思ったのだ。


 こうして、ノルトハーフェン公国軍に、[参謀本部]という新たな組織が生まれることとなった。


※作者注

 帷幕上奏権(いばくじょうそうけん)ですが、歴史上、やっぱり多くの弊害があったようです。


 たとえが銀英伝で申し訳ないのですが、「高度な柔軟性を持って臨機応変に対処する」という迷言で有名なフォーク准将も、コネの他にこの帷幕上奏権(いばくじょうそうけん)を使ってかの悪名高い帝国領侵攻作戦を上層部に持ち込んだものと思われます(田中先生がどんな設定を考えていたのかはわかりませんが・・・)。

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