第155話:「軍制改革:1」
帝国が今回の戦役で露呈(ろてい)することとなった、4つの問題点。
これを解決するための素案を、アントンはすでに保有しているようだった。
「以上の、4点を解消するため、私(わたくし)は、新しい制度と、新しい組織をそれぞれ作るべきだと考えております。
我が帝国が作るべき新しい制度とは、参謀制度です。
全軍の指揮系統を統一し、司令部からの命令が迅速に、そして正確に伝わるよう、新たに参謀という役職を設け、司令部から各部隊に派遣します。
また、この参謀たちは、前線で実際に指揮をとる指揮官たちに作戦遂行上必要と思われる助言をするのと同時に、前線指揮官たちの意見を吸い上げ、司令部に伝達し、司令部の統率に前線指揮官の考えを反映させる助けをいたします。
参謀たちには、前線の指揮官たちに適時の助言を行って戦闘指揮を支援するのと同時に、司令部との橋渡し役をこなしてもらいたいと考えております。
そして、新しく作るべき組織とは、兵站幕僚部とでも名づけるべき組織です。
こちらは、平時から軍の状態を整理して把握し、実際に軍事力を行動させる際に、十分な補給と兵站をするためになにが必要となるのかを、あらかじめ計画して計算し、実施するのに当たっては補給と兵站の管理を担うものです。
どのように兵力を動かすのかも事前にわかっていなければ綿密な補給・兵站の計画など立てることはできませんから、その業務の関係上、実際にどのように兵力を動かすのかという作戦計画についても、この兵站幕僚部において検討していくこととなるかと思います」
アントンが言う、新しい制度と新しい組織。
それは、帝国が抱えている問題点を解決し、その機能を大きく強化するためのものだった。
参謀制度は、実際に戦闘を指揮する前線指揮官たちを補佐し、司令部との意思疎通を円滑にする参謀という役職をもうけることで、指揮系統の統一と効率化を図るものだ。
これは、エドゥアルドの手から離れて独立して行動するようなことはまず行わないような規模でしかないノルトハーフェン公国軍単体で見れば意味の薄いことだったが、帝国軍全体でみれば、大きな効果を発揮するのに違いなかった。
つまり、数十万という帝国軍の中にいくつも作られる戦略単位の部隊に対し、司令部の中枢から参謀を派遣することで、各部隊が司令部の意志に反して勝手に行動し始めることを防ぎ、司令部が立てた作戦をより正確に遂行(すいこう)できるようになるのだ。
これは、各部隊の連携を効率化することにもつながるだけではなく、参謀が前線の指揮官と司令部との橋渡しをすることで状況の変化にも対応し、最終的な勝利に向かって適時に作戦を変更していくことのできる柔軟さを軍に持たせることにもなるはずだった。
そして、新たに作るべき組織、兵站幕僚部。
これは、杜撰(ずさん)としか言いようのなかった帝国の補給・兵站体制を、抜本的に改善するために作られる組織だった。
どこに、どれだけの兵力を動かしたら、どれほどの補給が必要となり、その補給を実施するために必要となる輸送力はどの程度なのか。
それを平時から計画し、計算して、想定される軍事作戦に必要な準備とはどんなものなのかを明らかにするというのが、この組織の仕事となる。
兵站幕僚部は、その役割上、戦争を遂行する上での最高司令部のような機能も合わせ持つことになるに違いなかった。
なぜなら、実際にどのように軍を動かすのかを決めておかなければ、満足の行く補給・兵站を実施するための計画など、立てられないからだ。
必然的に、兵站幕僚部によって作戦が立てられていくことになるだろう。
この2つの軍制改革を実行することができれば、帝国が抱えている問題は、概(おおむ)ね解決することができるだろう。
理想としては各諸侯の兵権をはく奪し、帝国軍という1つの軍隊に統一したいのだが、参謀制度を導入することにより、実質的に諸侯の独立軍を帝国の強い統制下におくことができるから、これまでのように諸侯が好き勝手に戦うような勢い任せの戦い方はしなくなるはずだ。
加えて、兵站幕僚部によって事前にいくつもの状況を想定した作戦計画を制定しておき、どのように補給と兵站を実施するかを明らかにしておけば、いざ開戦となっても、帝国軍は最速で行動を開始できるようになる。
戦うことになってからようやくどう動くかを考え出すよりも、完全に適応できないまでも事前に定められた計画があれば、それに沿うか修正を加えるだけですぐに動き出せるからだ。
これは、特に防衛戦で威力を発揮するはずだった。
防衛戦をしなければならないということは、すでに敵が攻撃の準備を始めている、あるいは侵攻を開始しているという状況であって、悠長に作戦計画を練っているような時間はないかもしれないからだ。
もちろん、事前にいくつも想定を作って作戦計画を定めておくことには、情報漏洩(じょうほうろうえい)という危険もある。
もし敵に事前に作戦が知られていれば、当然、それに対処できるような作戦を立ててくるはずで、せっかくの準備がすべて水の泡となってしまう可能性も無視できないのだ。
そういった危険もあるものの、やはり、兵站幕僚部を設置することのメリットは、無視できない。
アントンの提言は、エドゥアルドが期待していた以上のものだった。
彼は今回の戦争で得た戦訓を明確にわかりやすい形でまとめていただけではなく、その戦訓を受けた解決策も用意していたのだ。
しかもそれは、かなり具体的なものだった。
(アントン殿の軍制改革を、帝国全体で実施できたら……)
エドゥアルドはアントンの意見に感心させられるばかりだったが、同時に、残念にも思っていた。
アントンの提言した軍制改革を実行すれば確実に帝国軍の能力は向上するはずだったが、敗軍の将として責任を取らされた形になったアントンは、この改善案を今すぐに適応することはできないからだ。
エドゥアルドは、このアントンの意見を、ノルトハーフェン公国においては可能な限り導入したいと思っている。
しかし、現状のノルトハーフェン公国軍は、その総兵力は3万程度でしかなく、数十万の帝国軍全体を考慮したアントンの軍制改革の導入は、限定的なものにならざるを得ないし、アントンが構想しているほどの機能を発揮させることは難しいかもしれなかった。
それでもエドゥアルドは、やがて帝国軍全体を改善することを目標に、まずは、できることから着実に進めて行こうと決意していた。
※作者注
熊吉は現在、参謀本部(割とミリオタ界隈では有名かつ重要な組織です)と呼ばれた組織を作ろうとしているのですが、その原型は、プロイセンという国家に存在した高級副官制度と、兵站幕僚部という組織にあったようです。
参謀本部の設立に至るまでは紆余曲折があり、熊吉もできるだけ調べてはみたのですが、残念ながら正確に理解することは難しかったです。
というわけで、作中では参謀本部の創設までのおおまかな流れと、雰囲気だけでも読者様に伝わればいいなと思って、頑張ってみました。
これからエドゥアルドたちは軍制改革を実施し、新しい時代に適応していきます。
熊吉なりに精一杯その過程を書かせていただきますので、もしよろしければ、これからも本作をお読みいただけますと嬉しいです。
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