第154話:「戦訓:3」
帝国軍全体での指揮系統を統一する。
それは、兵権をはく奪されることとなる諸侯たちの多くから強い反発を受けるのに違いないことで、おそらく、カール11世の在世の間には実現が不可能なことだろう。
それはきっと、現在の地方分権的な体制を改め、中央集権的な体制を構築するだけの絶大な権力と力量を有した強大な皇帝があらわれるまで、解決できない問題であるのに違いなかった。
そう考えると、少し、絶望的な気持ちになって来る。
カール11世が引退したとしても次の皇帝は被選帝侯の中から選ばれることになるが、その際に筆頭候補となるのが、ズィンゲンガルテン公爵・フランツと、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトの2人だからだ。
凡庸な皇帝と誰からも思われているカール11世と比較すると力量があるのかもしれなかったが、帝国が長く続けてきた体制を刷新できるほどだとは、とても思えなかった。
(考えても、しかたないな……)
エドゥアルドは内心でそう自分に言い聞かせると、アントンに、残る2つの戦訓についての説明を求めることにした。
「3つめの、情報収集の不備も、深刻な問題でございます。
開戦前、我が帝国には、徴兵制で作られた共和国軍が君主制国家の軍隊にかなうなどとは、ほとんどの者が考えてはおりませんでした。
また、共和国軍がどういった組織であり、正確にどれほどの動員力を持ち、どのような兵器で武装し、どんな編成であるのかなども、我々はほとんど知り得ないまま戦うこととなりました。
我々は、戦うべき敵がどんな存在なのかを知らないまま、戦争に突入していったのです。
加えて、我々は、アルエット共和国の正確な地図を有しておりませんでした。
大まかに、どこにどんな街があるかは知ってはいましたが、共和国国内の道路網がどのように接続していて、その整備状況がどうなっているのかを知らず、結局、道がわからないために限られた街道だけを利用して戦うこととなってしまいました。
これによって、補給が破綻(はたん)し、我が軍は自滅する危機に陥ったのです」
それは、エドゥアルド自身も骨身にしみている課題だった。
アルエット共和国の国内の地図を持っていないために帝国軍は部隊を面的に展開することができず、抑えるべき戦略的な要衝(ようしょう)がどこなのかを把握することができず、ただ闇雲に敵国の首都に向かって突進することしかできなかった。
あまつさえ、道路の整備状況や接続がわからないために、補給路を柔軟に設定することができず、限られた道路だけに頼ったことから、補給に失敗し、民衆から略奪しなければならないような状態にまで陥ってしまった。
補給が十分にある軍隊と、不足している軍隊とでは、どちらが有利に戦えるかは、議論するまでもない。
幸い、ノルトハーフェン公国軍は宰相のエーアリヒ準伯爵の配慮によって補給を受けることができたが、結局、帝国軍全体が補給を受け続けられなければ、戦争には勝てないのだ。
「そして4つめは、この情報収集が不備だったということにも深く関係しますが、我が帝国には侵攻作戦を支えるだけの補給・兵站能力がありませんでした。
出征にあたって、必要となる物資の多くは、諸侯の方々に自前で準備していただく、というのが帝国の現状です。
このため、統一的に制御され、調整された形で補給が行われることなく、各諸侯がバラバラに補給を行おうとしたことから、細い補給線がパンクして、多くの部隊が補給を受けられないという事態が生じました。
必要な物資は、現地で調達する。
これは古くから行われてきたことではありますが、食料や馬に食べさせる牧草などはともかく、現在の戦いに必要な武器・弾薬は現地調達することができませんし、そもそも、今回の戦役で我々が経験いたしましたように、現地に補給するべき物資がない、という状況も起こり得ます。
また、こういった補給だけではなく、兵士たちを十分に戦えるように後方から支える兵站機能についても、今後はより整備していかなければなりません。
平時から補給と兵站の体制を考え、十分に準備し、そして各部隊で不足の起きないよう、補給計画を事前に定め、実行を調整し管理する組織を作るべきでありましょう」
補給と兵站と一口に言っても、そのイメージは漠然としたものだ。
補給は、比較的わかりやすい。
なぜなら、それらは兵士たちが必要とする食料や武器・弾薬などの物資を不足がないように送り届けるという、具体的なイメージで想像できるものだからだ。
これに対し、兵站という言葉は理解しづらいものだ。
なぜなら、物資を補給するという具体的な事象によってイメージできる補給という言葉に対し、兵站という言葉はより広範な軍隊に対する後方支援業務を指す言葉で、イメージしづらいのだ。
たとえば、戦闘によって損耗した将兵を補充し、軍隊の戦闘力を維持する機能。
後方で兵士を集め、訓練し、武装させて前線に送り込むというのは、軍隊を機能させ続けるうえで欠かせないものだ。
また、負傷兵などを収容し、治療し、可能ならば前線に復帰させるという、衛生も兵站に含まれる。
それは、人命を救うという人道的な意味でも大切なことであったが、兵士としての訓練を積み必要な技能を持っている負傷兵をできる限り救い、可能であれば傷を治癒させて前線に復帰できるようにするというのは、軍隊が戦い続けるためにはやはり重要だ。
他にも、兵士たちに支払う給与を算定し準備し実際に支払う会計の機能や、人事上の様々な手続きを行う事務などの仕事も、兵站という言葉に含めることができる。
軍隊も組織である以上、ただ物資があるだけでは十分に機能することはできないのだ。
この、補給と兵站という点についても、帝国軍は大きな問題を抱えていた。
基本的に物資は各諸侯が自前で用意し、全体で統制されることなくバラバラに実施するという体制の問題もある。
そもそも、いったいどれだけの物資が必要になって、それを輸送するためにはどれだけの輸送力が必要なのか計算する組織さえ、帝国には存在しない。
これでは、補給が行き詰って破綻(はたん)するのは、当然のことだった。
なによりエドゥアルドにとって心苦しいことは、戦場に、多くの負傷兵たちを置き去りにしてきてしまったことだった。
敗戦でそれどころではなかったという事情もあるし、エドゥアルドはできるだけ負傷兵を救おうと努力したと、そう自分をなぐさめることもできる。
だが、置き去りにされ、絶望の中で命を失って行った兵士たちの心情を想像すると、エドゥアルドにはとても自己弁護で納得することはできなかった。
「アントン殿、わかりやすく問題点をまとめていただいたおかげで、ずいぶん、すっきりと物事を考えて行けるようになった。
しかし、アントン殿。
それだけはっきりと課題をまとめているということは、その改善方法についても、すでに思うところがおありなのでは? 」
「おっしゃる通りです、エドゥアルド殿下。
もしよろしければ、ぜひ、その点についてもお話しさせていただきたい」
説明を真剣な様子で聞いていたエドゥアルドがそうたずねるとアントンはすぐにうなずき、エドゥアルドが気づいてくれたことに嬉しそうに微笑んだ。
※作者注
[兵站]に関する説明は、あくまで1人のミリオタである熊吉の理解であります。
ですが、当たらずとも遠からず、と思っております。
「いや、こうなんじゃないか? 」等ありましたら、ご指摘いただけると嬉しいです。
勉強させていただきます。
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