第161話:「野戦砲の改良:2」

 元々、エドゥアルドは大砲というものが強力な兵器であることは知っていた。

 まだ父親が存命だったころ、演習で大砲の射撃を見物させてもらった時には心底驚かされたし、マスケット銃の一斉射撃と並んで、その時の光景、轟音、硝煙のにおいは、今でも鮮明に思い出すことができる。


 エドゥアルドは、大砲は重くて動かせないとそう思っていた。

 父親にも、砲兵士官たちにもそう教えられてきたし、実際、ノルトハーフェン公国で運用している大砲は、重かった。


 だが、そんな先入観を持ったままでは、共和国軍に、ムナール将軍には対抗できない。


 そこでエドゥアルドは、アントンやヴィルヘルム、公国の砲兵士官や歩兵士官たちと相談して、新しい、[動かせる]大砲を作れないかを検討することにした。


 もし、歩兵の進撃に合わせて柔軟に野戦砲の火力を発揮することができるようになれば、それは、革命的な出来事になるだろう。


 歩兵部隊は、たとえば敵のバリケードを前にしても、歩兵の進撃に追従して来た野戦砲の支援射撃によってより迅速に、より少ない犠牲でその障害を排除することができるだろうし、敵の大砲に遭遇しても、より強力に反撃することができる。


 大砲というのは、歩兵部隊を支援するのがその仕事だったが、同様に、敵の大砲を制圧する、というのも重要な仕事だった。

 放っておけば歩兵たちを射程外から撃ち続け、大きな被害をもたらすことになる敵の大砲を潰すのは、敵の大砲と撃ち合える射程と威力を持った、味方の大砲なのだ。


 歩兵部隊の進撃に合わせて移動させることのできる大砲を作りたい。

 そのエドゥアルドの考えから、多くの人々の協力を得てイメージイラストにまとめられた大砲は、2種類あった。


 1つは、ムナール将軍の大砲の運用方法を参考にして提案された、従来の野戦砲よりも多くの馬で引くことができ、さらに改良された砲車を持つものだ。


 口径は、現在も使用されている75ミリを予定し、従来の75ミリ野戦砲を新型の砲車に乗せただけの案と、さらに踏み込んで、砲身を短くする代わりにさらに軽量化して動かしやすくする案、口径長を現状の75ミリ野戦砲からは変えずに、口径を50ミリとし、全体的にスケールダウンして軽量化するという案が出され、それぞれイラストになって提示されている。


 ただし、肝心な新型の砲車に関しては、戦場での目撃情報を総合して共和国軍が使っていたものを再現しているだけで、ほぼ、イチから開発しなければならない状況だった。


 もう1つは、ヴェストヘルゼン公国で採用されていた、山砲をノルトハーフェン公国軍に導入しようというものだった。


 現在、主に運用されている大砲はカノン砲だったが、榴弾砲と呼ばれる大砲もある。


 カノン砲は射程を長くするために初速が速いのだが、そのために砲弾にある程度の強度が必要で、この時代のまだ発達しきっていない冶金技術では、内部に大量の爆薬を仕込む必要のある榴弾を発射できなかった。

 火薬を詰め込むために砲弾の殼(から)を薄く作ろうとすると、カノン砲の発砲の衝撃に耐えきれず、砲弾が暴発してしまうのだ。


 榴弾砲は、目標に着弾すると、時限式の信管で爆発するように作られた、殼(から)の薄い砲弾を発射するために、砲身をカノン砲よりも短く作ってある大砲だ。

 カノン砲よりも初速が遅く射程に劣るのを補うのと、兵士たちの頭上を越えて射撃できるように、元々仰角をつけられた状態で砲車に固定されていることが一般的だった。


 山砲は、この榴弾をさらに小型化、軽量化したものだった。

 これは、その領地に山地が多く、通常の野戦砲の運用が難しいヴェストヘルゼン公国の国情に適した改良が施された結果で、小型・軽量化されたために威力は小さくなってはいるものの、もち運びがしやすくなっている。

 場合によっては人力でも歩兵に追従して移動できるだけではなく、簡単に分解できて、部品だけを運び、後でまた組み立てれば射撃できるようになっている。


 この山砲についても、いくつかの案が示されていた。

 1つは、ヴェストヘルゼン公国で運用されていたものをそのまま導入しようというもうので、もう1つはノルトハーフェン公国独自の改良を加え、砲の口径を大きくして威力を増す代わりに射程の短縮を受け入れるというものだった。


 ノルトハーフェン公国流の山砲は、いわゆる、臼砲(モーター)に近い。

 これは、臼に近い形状の方針から、高い仰角を設けて山なりに砲弾を発射する兵器で、城壁などの障害物の後ろに隠れながら射撃できるものだった。

 ただし、砲身が短いために、砲弾の命中精度は非常に悪くなる。


「どうだろうか、オズヴァルト殿。


 貴殿の工場で、こういった大砲を生産することはできるだろうか? 」


 今日、エドゥアルドがオズヴァルトをたずねてきたのは、傭兵する側、つまりエドゥアルドたちの側から出されたアイデアが、現実のものとして実現可能だという見込みがあるかどうかを、生産者であるオズヴァルトに確認するためだった。


「そりゃぁ、殿下に作れ、と言われれば、なんでもお作りいたしますが……」


 どうやらまた無理難題を吹っかけられるわけではなく、新しい商売(ビジネス)の話だと理解したオズヴァルトは、エドゥアルドが広げた紙の上に描かれた新しい野砲のイラストを興味深そうに確認していた。


「まず、砲車を軽量化するというのが、大変ですな。


 火薬の爆発に耐えるためには、砲身にはどうしても強度が必要で、重くなりますが、それを支える砲車を今までより軽く作るとなると、なかなか……。


 砲車に十分な重量がなければ、発砲の衝撃で最悪、ひっくり返ってしまいますし、今までよりも高速で牽引(けんいん)するとなると、やはり、過度に強度を落とすわけにもいきません」

「難しい、だろうか? 」


 エドゥアルドは、イメージイラストを眺めながら考え込んでいるオズヴァルトの顔を、のぞきこむように身を乗り出す。


 すると、オズヴァルトはその顔をエドゥアルドへと向け、ニヤリ、と不敵に微笑んだ。


「いいえ、公爵殿下!

 私(わたくし)ども、ヘルシャフト重工業なら、可能です!


 実は、最近、新しい鋼鉄を開発したのですよ。

 従来の鋼鉄よりも強度が出るやつです。


 だから、今までよりも、大砲も砲車も、軽量に作って見せますよ!


 ただし!

 代金は、相応に、お高くなりますがね」


 エドゥアルドに受け合いつつ、しっかりと商売人らしい要求をしてくるオズヴァルトに、エドゥアルドは思わず苦笑していた。


 それから、エドゥアルドもオズヴァルトに向かって、約束する。


「ああ、わかっているさ、オズヴァルト殿。


 どの新型野戦砲を採用するかは、実際に試作して実験してからでないと決められないが、もし採用となったら、たとえネジの1本だろうと、きちんと貴社の利益も考慮し、支払う金額を決定しよう」

「商談、成立ですな! 」


 そのエドゥアルドの、必ず利益を出せるようにするという約束に、オズヴァルトは満足そうに二カッと笑って、パチン、と景気よく手を打った。

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