第151話:「待ちわびた人」
それからエドゥアルドは、ノルトハーフェン公国軍の構造についても検討を開始した。
部隊をどのように編成し、運用していくかについては、すでに定まっている。
しかし、今回の戦争の結果を見ると、その組織の構造については、大きく改める必要があるように思われた。
特にエドゥアルドは、ノルトハーフェン公国軍を、将来のタウゼント帝国軍が取るべき組織構造の基礎となるように作り変えたいと思っていた。
本当なら、改革は帝国全体で行いたかったのだが、今のエドゥアルドにはそのようなことをする権限もさせる影響力もなく、まずは将来の帝国全体の改革でタネとなって芽吹くように公国軍を改造するしかなかったのだ。
だが、エドゥアルドは、ノルトハーフェン公国軍の構造を変えることには、焦らなかった。
今回の戦役で指揮官として十分な能力を示し、大佐から少将へと昇進することが決まっているペーター・ツー・フレッサーなど、公国の主要な将校たちから意見を集めるなどはしたものの、それらを受けてどう手を加えるかについては、エドゥアルドはすぐにはなにも決めないつもりだった。
エドゥアルドは、1人の人物を待っていた。
アントン・フォン・シュタム。
今回の戦役の敗戦の責任を一身に背負い、その爵位も領地も財産も失ってしまった、元帝国陸軍大将。
エドゥアルドがなんとか生かそうと奮闘し、ただのメイドでしかないはずのルーシェが起こした奇跡によって、ノルトハーフェン公国に客将として迎え入れられることが決まっている人物。
エドゥアルドは、アントンの到着を待って、彼に公国軍の改革を任せたいと考えていた。
だから、アントンが客将としてやってきて自由に新しい組織の設計図を描けるように、エドゥアルドはできるだけ白紙の状態を保っておきたかったのだ。
だが、待つだけというのは、やはりもどかしい。
今のところ、バ・メール王国は持ちこたえていたし、帝国の隣国たちも不穏な動きは見せてはいないものの、長い歴史を持ち、強大であるはずのタウゼント帝国でも滅亡し得るという可能性を知ってしまったエドゥアルドは、安心してはいられないのだ。
アントンは、すぐにノルトハーフェン公国には来ることができなかった。
彼は、後任の帝国軍の将校たちに自身の職務の引き継ぎをしたり、領地を皇帝の名代として預かりに来た役人に引き継ぎをしたり、と、いろいろやらなければならないことがあったからだ。
そうして、すべてのことを済ませたアントンが、その家族をともなってノルトハーフェン公国に身をよせたのは、エドゥアルドが公国に帰還してから1か月近くも経ってからのことだった。
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とうとう、その日がやってきた。
家族を引き連れてノルトハーフェン公国へとやってきたアントンは、ノルトハーフェン公国の首都、ポリティークシュタットの一画に用意された仮の屋敷に腰を落ち着けると、すぐに、到着の挨拶(あいさつ)をするためにエドゥアルドの下を訪れた。
「アントン殿。
よく、おいでくださいました。
さ、どうぞ、こちらへ。
アントン殿に相談したいことが、たくさんあるのです」
アントンを執務室で出迎えたエドゥアルドは、部屋に入って来るなり平民としてエドゥアルドに向かってひざまずいて挨拶(あいさつ)をしたアントンを、そう言いながら立ち上がらせた。
そして、応接のために用意されていたソファへとアントンを案内し、親しく会話をすることのできる距離で向かい合った。
すぐに、メイドのシャルロッテとルーシェの手によって、コーヒーとお茶菓子が運ばれてくる。
本当なら酒でも出すところだったが、アントンは夜になって仕事を終えてからしか酒を飲まない人物だから、あえてそういったものは用意しなかった。
「アントン殿。
僕は、貴殿をお迎えすることができて、本当に良かったと思います。
貴殿には、相談したいこと、そして、やっていただきたいことが、たくさんあるのです。
そして僕は、そのために、アントン殿が十分に力を発揮できるよう、相応の地位を与え、権限を振るっていただきたいと考えています。
そしていつか、敗軍の将という汚名をそそぎ、その地位と名誉を回復し、その功績にふさわしい処遇を受けられるように、お手伝いさせていただきたいと、そう思っています」
向かい合ってコーヒーとお茶菓子を楽しみ、少し落ち着いたところで、エドゥアルドはそう真剣な様子でアントンに切り出した。
「誠に、ありがたいお言葉です、エドゥアルド公爵殿下」
そのエドゥアルドの、信頼と期待のこめられた言葉をじっと聞いていたアントンは、感じ入るような口調でそう言うと、自身も真剣な様子でエドゥアルドのことを見つめ返した。
「敗軍の将ではございますが、我が微力を尽くしまして、エドゥアルド公爵殿下の事業に参加させていただきます」
「ありがとう、アントン殿」
その迷いのないアントンの視線に、エドゥアルドは嬉しくなって思わず微笑んでいた。
「僕は、アントン殿がいらっしゃるこの日を、今か、今かと、ずっと、首を長くして待っていたのです。
本当に、アントン殿のお力をお借りしたい、アントン殿にしかできないであろうということが、多すぎて」
「私(わたくし)も、早く殿下にお会いしたいと、ずっとそう思っておりました」
緊張がほぐれ、物腰が柔らかくなったエドゥアルドが冗談なのか本気なのかわからないような口調で言うと、アントンも微笑みながらうなずく。
「実を申しますと、公爵殿下のお役に立てていただくために、こちらに来るまでの間にずっと戦訓の洗い出しを行っていたのです。
後で殿下には正式に資料としてまとめたものを提出いたしますが、その概要をこの場で、ご説明させていただいてもよろしいでしょうか?
私(わたくし)も、これから始まる殿下の事業に早く参加したいと、ずっとそう思っていたのです」
「アントン殿も、一日千秋(いちじつせんしゅう)の気持ちだった、ということですか。
もちろん、おうかがいしましょう」
待ちきれない思いで時間を過ごしていたのは、どうやら、エドゥアルドもアントンも一緒であるようだった。
うなずき合った2人は、さっそく、帝国が行ったアルエット共和国への侵攻戦争について、その戦訓を洗い出し、共有する作業を開始した。
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