第150話:「着手」

 ユリウスと義兄弟の約束をし、クラウスとユリウスがオストヴィーゼ公国軍と共に故国へ帰って行くのを見届けると、エドゥアルドは気合を入れ直し、精力的に仕事をはじめた。


 長期の出征による疲れは、残っている。

 しかし、エドゥアルドにはやらなければならないこと、やりたいことがたくさんあって、久しぶりに自室のベッドでゆっくり眠った朝にはもう、すぐにでも動き出したくてたまらない気持ちになっていたのだ。


 エドゥアルドはまず、ラパン・トルチェの会戦で失った兵員の欠員を補充し、また、失った兵器を再生産して十分に配備するための手配から行った。

 軍隊の編成自体は、実戦で十分に活躍するとわかったのでいじる必要はなく、今はとにかく兵士を補充し失った装備を補って再武装させ、公国軍が再びいつでも戦える状態にすることが必要だった。


 幸いにも、バ・メール王国方面の戦況は、差し迫ってはいない。

 共和国軍を前にしてアンペール2世は要塞に立て籠もって防戦一方だったが、それを包囲する共和国軍も1度大規模な攻撃をしかけはしたものの撃退され、それ以降、本格的な攻撃は行っていない。


 これは、わずかだが帝国からの義勇兵が到着したことと、アンペール2世が要塞を無傷で奪取していたことが大きかった。

 要塞は元々アルエット共和国のものだったのだが、そこを防衛するために共和国軍が準備していた武器・弾薬をはじめ、多数の物資がそっくりそのままアンペール2世の手の中にあるのだ。


 特に、要塞に配備された多数の火砲が威力を発揮していた。

 アルエット共和国軍の指揮官であり、今や英雄として共和国の民衆から信奉されるまでに至っているムナール将軍は、大砲を巧みに使うことで有名だった。

 しかし、要塞に配備された大砲は大口径で威力の強い大砲が多く、しかも要塞の防御設備によって保護されているために、バ・メール王国軍がムナール将軍に対して砲撃戦で優位に立っているのだ。


 加えて、要塞に対する王国からの補給線が、完全には寸断されていないというのも大きい。

 要塞は海からさほど離れていないところに建てられている関係で、王国は海から船を使っての補給線を維持できているのだ。


 これは、エドゥアルドが属しているタウゼント帝国でもそうなのだが、アルエット共和国が伝統的に[陸軍国家]であったことが影響している。

 ヘルデン大陸上に多くの領土を保有しているために、その優先度は海上よりも陸上戦力の方が高く、自然と、陸軍国家の海軍は強力なものにはならない、あるいはできないことが多いのだ。

 特に、革命による混乱で海軍については長く放置して来たアルエット共和国では、なおさら、海軍力は弱体だった。


 これに対して、バ・メール王国は、海軍力が強い。

 これは、王国もヘルデン大陸上に存在する国家ではあるものの国土が小さく、陸上で産出する資源よりも、海上交易によって栄えてきた国家だからだ。


 海を通じて船で交易をするとなると、それ相応の海軍が必要となる。

 通商航路上で出没する海賊や、海上権益をめぐるライバル国家との対立と競争に打ち勝つためには、できるだけ多くの、強力な艦隊を備えなければならないからだ。


 こういった事情から、バ・メール王国は、陸では共和国に追い詰められているが、海では圧倒的な優勢を保っている。

 このまま、帝国が支援を続けるのなら、反転攻勢は不可能でも、長く王国は持ちこたえることができるはずだった。


 だが、アルエット共和国が当面の間、本格的に帝国に侵攻して来るような事態が生じないからといって、他の、帝国と国境を接している国家がどう動くかはわからない。

 広大な国土を持つタウゼント帝国は、それだけ多くの隣国を持ってもいるのだ。

 そして、ラパン・トルチェの会戦の結果、数万の兵力を1度に失って弱体化した帝国に対し、いくつもある隣国のすべてがなんの野心も持たないとは思えない。

 隣国が動きを見せた時に、すぐ対応できるようにしておくことが、エドゥアルドの皇帝の臣下としての、そして統治下にある領民たちに対しての使命だった。


 兵士も兵器も、補充は順調に進みそうだった。

 帝国は大敗したもののエドゥアルドは戦場で十分な働きを示したから、人々は志願兵の追加募集を好意的にとらえ、進んで志願してくれていたし、兵器の生産も半国営化したヘルシャフト重工業の設備によって急速に可能だった。


 そして、公国軍の補強が順調に進みそうだとわかると、エドゥアルドは王国が共和国の攻撃にさらされている時間を使って、今回の戦争で得た教訓を公国に反映するという仕事に着手した。

 それは、王国という他人の犠牲を利用しているようで心苦しい部分もあったものの、今はとにかく、アルエット共和国というまったく新しい[脅威]に対して、今後どのような情勢になっても十分に対抗できるような国家づくりをすることが、為政者となったエドゥアルドの使命だった。


 まずエドゥアルドは、宰相であるエーアリヒ準伯爵と助言者であるヴィルヘルムと相談し、ノルトハーフェン公国でアルエット共和国を模倣(もほう)した徴兵制を導入できるかどうかについて話し合った。


 徴兵という制度自体は、古くから存在している。

 その古くから知られていた制度の徴兵は、どうしても必要な兵力が集まらない時に、民衆を無理やり、時には甘言で騙(だま)したり、直接拉致(らち)したりといった悪質な手法さえ用いて兵士にするというものだった。


 当然、そういった徴兵によって作られた軍隊というのは、弱い。

 兵士たちは強制的に従わされているだけで戦意などなく、脱走するチャンスさえあれば迷わず逃げ出すというような状態になるからだ。


 それが、エドゥアルドたち、帝国諸侯の間での常識だった。


 案の定、エドゥアルドからノルトハーフェン公国で徴兵制による軍隊を作りたいと言われた時、エーアリヒ準伯爵は驚き、難色を示した。

 実際に徴兵によって作られたアルエット共和国軍の[強さ]を目にしなければ、それが今後必要になるとは、とても信じられないのだろう。


 しかし、エドゥアルドはヴィルヘルムと共にエーアリヒにその効果を説明し、実際に徴兵制を実施する場合に、ノルトハーフェン公国軍がどれほどの兵力を有するようになるのか、そして現状からなにを変えれば、アルエット共和国軍のような軍隊を作れるのかについての検討を開始させた。


 エーアリヒはまだ半信半疑と言った様子で、民衆を徴兵する、それも分け隔てなく一定の年齢に達したら一定の期間徴兵するという制度に抵抗もある様子だったが、エドゥアルドの要請には従ってくれた。

 かつてノルトハーフェン公国の実権を掌握しようと陰謀をめぐらし、エドゥアルドと対立したこともあるエーアリヒだったが、今はエドゥアルドに従うことにすっかり納得しているから、主君からの命令はできるかぎり遂行するべきだと考えてくれているのだろう。


 戦うことを望まない民衆であっても、兵士とする。

 確かにそれはあまり気持ちの良いことではなかったが、しかし、アルエット共和国という存在を考慮すると、この制度を考慮しないわけにはいかなかった。

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