第132話:「コーヒーブレイク」
ノルトハーフェン公国軍の野営地へと帰り着いたエドゥアルドが要望すると、思った通り、ルーシェはすぐにコーヒーを準備して持ってきてくれた。
まるで、帰り着くなりエドゥアルドがコーヒーを飲みたいと言うだろうと、わかっていたかのような準備の良さだった。
それだけでは、ない。
ルーシェは、エドゥアルドがコーヒーを口にしたらきっとなにか食べ物も欲しがるだろうと予想していて、しっかりお茶菓子になるような食べ物も用意してくれていたのだ。
ルーシェの気配りが良いのか、それとも、ルーシェの教育担当である先輩メイドのシャルロッテの教育が行き届いているのか。
とにかくエドゥアルドは、久しぶりに、すっかりリラックスすることができた。
それから、お代わりしたコーヒーを楽しみながら、エドゥアルドはヴィルヘルムに、皇帝から受けた密命のことを相談した。
いくらヴィルヘルムとはいえ、皇帝からの密命を相談してもいいのか。
エドゥアルドはさきほどまではそう思って、打ち明けることを悩んでいたのだが、しかし、こうして落ち着いて考えてみると、やはり知恵を借りた方がいいだろうと思ったのだ。
なにしろ、今回の密命は、それが皇帝・カール11世から直接に依頼されたものであるというだけではなく、エドゥアルド自身もなんとしても成しとげたいものだったからだ。
そのために、役立つことはなんでもしておきたかった。
「アントン伯爵を説得する方法、で、ございますか……」
エドゥアルドから、皇帝からの密命についての話を聞き終えたヴィルヘルムは、そう言うとコーヒーを1口すすった。
それからヴィルヘルムは、コーヒーカップの中にそそがれたコーヒーの水面に視線を落とし、軽くカップを揺らして小さく波を立て、その波の様子を眺めながら、じっと考えこむ。
そのヴィルヘルムの姿を、エドゥアルドはコーヒーをすすりながら、じっと見守った。
彼がなにを考えているのか、エドゥアルドには少しも推し量ることができなかったが、その全力でエドゥアルドからの期待に応えようとしてくれていることはわかっているから、今はなにも邪魔はせずに待つべきだと思ったのだ。
「エドゥアルドさま!
コーヒーのお代わりは、いかがでございますか?
それと、今晩のお食事は、いかがなさいますか? 」
その時、エドゥアルドたちの邪魔をしないようにと天幕の外に出ていたルーシェが、にこにこと実に楽しそうな笑顔で戻ってきて、そうたずねてくる。
どうやら、エドゥアルドがコーヒーを飲むペースを計って、入って来るタイミングを計算していたらしい。
ちょうど2杯めのコーヒーが空になったところだったエドゥアルドは、ありがたくまたお代わりをした。
ヴィルヘルムは、じっと考えごとを続けているのか、無反応だった。
そんなヴィルヘルムのことをルーシェはコーヒーポットを片手に不思議そうに眺めていたが、勝手につぎ足すわけにもいかない、考えごとをしている邪魔をしては悪いと思ったのか、エドゥアルドから夕食の献立(こんだて)についての要望を聞くとまた、天幕の外へと戻って行った。
それから、数分して。
「1つ、考えついたことがあるのですが」
エドゥアルドの3杯めのコーヒーが半分ほどにまで減ったころ、すっかり冷めきってしまった自身のコーヒーの水面を見つめることをやめたヴィルヘルムは、顔をあげるとエドゥアルドにそう言った。
「いったい、どんな方法を考えついたのだ? 」
そのヴィルヘルムの言葉に、エドゥアルドは思わず前のめりになってそう問い返してしまう。
「ルーシェ殿、少し、よろしいですか? 」
しかしヴィルヘルムはエドゥアルドの問いかけには即答せず、その代わり、天幕の外で待機しているルーシェのことを呼んだ。
「はーいっ!
なんでございましょーかー? 」
すると、すぐにルーシェの朗らかな声が返ってきて、コーヒーポットを手にしたルーシェが天幕の中へと入って来る。
にこにこと、笑っている。
まるで、エドゥアルドたちにこうして給仕していることが、嬉しくて、楽しくてたまらないというような顔だ。
エドゥアルドたちに向かって一礼するその様子からして楽しそうだ。
「ルーシェが、どうかしたのか? 」
そんなルーシェの様子に自分まで嬉しい気持ちになりながら、エドゥアルドはいぶかしむような顔でヴィルヘルムのことを見つめていた。
この場にルーシェを呼んだ意図が、さっぱりわからなかったからだ。
「殿下。
おそらくですが、アントン伯爵のこと、我々で説得することは不可能でしょう。
公爵殿下はもちろん、皇帝陛下でさえ、翻意(ほんい)させることができないのです。
ですから、ここはいっそ、手法をまったく変えて、ルーシェ殿にお任せしてみてはいかがかと」
「ルーシェに、アントンの、説得を? 」
エドゥアルドは、驚いて何度もまばたきをしてしまう。
ヴィルヘルムはいつもの柔和な笑みを浮かべていたが、しかし、どうやら本気でそう言っている様子だった。
「そうです。
ご覧ください、公爵殿下。
ルーシェ殿の、この朗らかな笑顔を」
ヴィルヘルムがそう言って手の平で指し示すので、エドゥアルドはいぶかしみながらもルーシェの楽しそうな姿を見つめる。
見ていて、飽(あ)きない。
自然と気持ちが明るくなってくるようなルーシェの笑顔だったが、やはり、エドゥアルドにはヴィルヘルムがなにを思いついたのか、さっぱりわからなかった。
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