第129話:「アントンの運命:2」

 軍議の間中、黙ったままだったエドゥアルドが突然発言したことに、多くの諸侯が驚いたような視線を向けてくる。

 皇帝、カール11世自身、驚いたようなエドゥアルドへと向けていた。


 周囲からの視線が集まるのを感じながら、しかし、エドゥアルドは止まらない。


「アントン殿には、確かに大きな責任がございます。

 ですから、ベネディクト殿のおっしゃる通り、無罪放免というわけには参りません。


 しかしながら、この度の戦役の敗戦には、様々な要因があるものと存じます。

 1つには、敵を侮り、敵中深くへと進撃してしまったこと。

 さらには、憶測(おくそく)によって敵情を見誤り、敵将、ムナールめの術中に陥ってしまったこと。

 3つ目には、アルエット共和国のまともな地図さえ作っておらず、そのために敵国内での行動に大きな制限があり、また、補給にも失敗してしまったことでございます。


 これらの敗因は、すべて、我ら諸侯にも責のあること。

 アントン将軍のみに押しつけるべきことではございませぬ。


 陛下、なにとぞ、アントン殿に寛大(かんだい)なご処遇を。

 そして、我ら臣下に対し、皇帝陛下の御名において、しかるべくご処分をいただければと存じます」


 ずっと我慢していたエドゥアルドが急に発言をしたのは、これまでエドゥアルドの発言を抑えていたヴィルヘルムがその手をエドゥアルドのそでから離し、「どうぞ、ご存分に」と、発言することを許可してくれたからだ。


 そのエドゥアルドの発言を受けて、軍議の場には沈黙がおりた。

 誰も、急にエドゥアルドが、しかも誰よりも熱心にアントンをかばうとは、思っていなかったのだろう。


 中には、苦々しい顔をしている者もいる。

 若輩であるエドゥアルドがしゃしゃり出たことをして、と不愉快に思っている者もいたし、フランツのように、せっかく自分の責任をうやむやにできそうだったのに、蒸し返さないで欲しいという者もいるようだった。


「……ほっほっほ。

 なるほど、ノルトハーフェン公爵は、なかなか、はっきりとモノを申すのだな」


 やがて、その気まずい沈黙を破ったのは、皇帝、カール11世その人だった。


「アントンといい、諸侯の、自らの責任を認める潔(いさぎよ)い態度、朕(ちん)は、誠に嬉しく思う。


 ……よかろう。

 これもまた後日、帝国の今後の方針ととともに、余が自ら定めることといたそう。


 みなの意見、大いに、参考になった。

 ひとまずは、それぞれの陣営へと戻り、遠征の疲れをいやすがよい」


 そして、どういうわけか少し上機嫌になった皇帝の言葉によって、その日の軍議は終わりを迎えた。


────────────────────────────────────────


「エドゥアルド公爵殿下。


 しばし、お待ちください」


 軍議の席を後にし、ヴィルヘルムと共にノルトハーフェン公国軍の陣営に帰ろうとしていたエドゥアルドは、後から追いかけてきた皇帝の侍従によって呼び止められた。


「皇帝陛下の天幕へとお越しください。


 直接、エドゥアルド公爵殿下とお話ししたいことがあると、陛下がおっしゃっております」

「陛下が、僕、いや、私(わたくし)に? 」


 侍従の言葉に、エドゥアルドは驚き、思わずヴィルヘルムと顔を見合わせてしまっていた。


 軍議は終わったというのに、皇帝はいったい、エドゥアルドになんの用があるというのだろうか。


「あい、わかった。


 すぐに、陛下にお目通りいたしましょう」


 しかし、皇帝の命令とあれば、議論の余地などない。

 すぐに皇帝のところに向かうことに決めたエドゥアルドは、そう言ってうなずいてみせると、侍従に案内されるまま、皇帝の天幕へと向かって行った。


「おお、エドゥアルド公爵。


 帰るところを急に呼びだてしたこと、許せよ」


 そこで、陣中での仮の玉座に腰かけてエドゥアルドが来ることを待っていた皇帝、カール11世は、かしこまってひざまずいたエドゥアルドにまずそう言うと、「ちこう、よれ」とエドゥアルドを手招きした。


(本当に、どのようなご用向きなのだろうか? )


 エドゥアルドはいぶかしみつつも手招きされるまま前に進み出ると、カール11世はエドゥアルドに顔をあげさせ、そして、顔をあげたエドゥアルドに顔を近づけてくる。


「エドゥアルド公爵。


 貴殿、アントンのこと、どう思っておる? 」


 ごく近い距離、ひそひそ声で話しても十分に内容が伝わるような近い距離まで接近すると、カール11世は、エドゥアルドを真剣な顔で見つめながらそうたずねてきた。


 エドゥアルドは、少しだけ考える。

 アントンをエドゥアルドがどう思っているかはすでにはっきりとしているが、なぜ、皇帝がこんなことをたずねてくるのかがまったくわからないのだ。


「帝国に2人といない、優れた将帥であると考えております。

 これからの帝国に、必ず必要になるお方だと」


 だが、考えたところで、皇帝の意図などわからない。

 だからエドゥアルドは素直に、アントンについてどう考えているのかを答えていた。


「そうか。

 エドゥアルド公爵は、そう思うか」


 そのエドゥアルドの回答に、カール11世は、どうやら満足したらしい。

 真剣な表情に嬉しそうな笑みを一瞬だけ浮かべてうなずいてみせた後、カール11世はさらにエドゥアルドへと顔を近づけると、そっと、耳打ちするかのように言った。


「エドゥアルド公爵。

 そなたに、密命を申し渡す」

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