第128話:「アントンの運命:1」

「もう、よい。


 みなの意見は、十分に聞いた」


 紛糾(ふんきゅう)し、なにも決められないまま堂々巡りをしていた軍議を終わらせたのは、皇帝、カール11世の一言だった。


「帝国が、今後、どのように動くべきか。


 それは後日、諸侯より出された意見を考慮したうえで、余が、余の名を持って決定するであろう」


 その皇帝の言葉に、諸侯はみなかしこまって頭(こうべ)を垂れ、「ははーっ! 」っと、皇帝の言葉を承知した。


(結局、先送りにしただけだ……)


 他の諸侯にならって頭を下げながら、エドゥアルドはほぞを噛んでいた。

 危機が目の前に迫りつつあるというのに、帝国はなにも決められなかったのだ。


 だが、エドゥアルドの中には、ほっとしている部分もあった。

 このまま不毛な議論を続けているより、さっさとノルトハーフェン公国軍の陣営に戻って、エドゥアルド自身の自由になる公国の国内のことだけでも、今回の戦役の結果を受けた対応をどう実施するのかを決めていきたかったからだ。


 きっと、カール11世も、このままではなにも決まらない議論が続くとわかりきっていたから、早々に話を切り上げたのに違いなかった。


「実を言うと、本日は、別の懸案についても、諸侯にたずねたいと思っておってな。


 みな、今回の従軍によって疲れてもおろうが、どうか、朕(ちん)に知恵を貸してもらいたい」


 そして、カール11世にはもう1つ、議題がある様子だった。


「こたびの戦役で帝国軍の指揮をとった、帝国陸軍大将、アントン・フォン・シュタム伯爵より、辞表が提出されておってな。


 今、アントンは自らの天幕において、仮の謹慎(きんしん)を自ら行っておる。


 諸侯の意見をうかがいたいというのは、この、アントンの処遇についてのことなのだ。

 辞表を受け取り、辞任を認めるのか、否か。

 それとも、他にふさわしき処遇があるのか、どうか。


 みなの意見を聞いておきたいのだ」


 そのカール11世の言葉を聞くと、エドゥアルドは緊張で身体をこわばらせていた。


 気には、なっていたのだ。

 この軍議の場に、アントンの姿がないことを。


 エドゥアルドは、アントンが帝国領に帰還してすぐに自決してしまったわけではないと聞いて、安心したのと同時に、これからその処遇について話し合われると知って、緊張せずにはいられなかった。

 アントンはすでに辞表を提出し、帝国陸軍大将という階級と、皇帝の軍事面での助言者という地位を辞任することを申し出ていたが、今回の敗戦の責任を厳しく問う声が諸侯の間から噴出してくれば、どんな厳しい罰が与えられるかわからなかったからだ。


「今回の戦役において、アントン殿の責任は、確かに重うございます。


 ですが、なにとぞ、陛下には寛大なる処遇を、お願い申し上げます」


 アントンのことをかばいたい。

 そう思ったエドゥアルドがなにかいうよりも早く、そう言って、アントンへの処罰をなるべく軽くするように申し出たのは、軍議の最中はその気まずい立場からほとんど発言しなかったズィンゲンガルテン公爵、フランツだった。


 エドゥアルドとしては、アントンこそ、これからの帝国に必要な人材であると思っている。

 だから穏便な処罰を加えるだけにとどめることには賛成であったが、しかし、フランツの意図がわかってしまうエドゥアルドには、その発言は不快なものでしかなかった。


 今回の敗戦の責任は、確かにアントンに大きなものがある。

 アントンは帝国陸軍大将という地位にあって、皇帝に対する軍事的な助言者という、帝国軍の意思決定を行う中で、重要な位置にいた人物だからだ。


 だが、敗戦の責任という点では、フランツにも大きなものがあった。

 そもそも今回の戦役はフランツがアンペール2世との血縁関係を重視したために始まったという側面があり、そして、ラパン・トルチェの会戦で、まっさきに壊走して帝国軍の敗北を決定的なものとしたのは、フランツが率いていたズィンゲンガルテン公国軍なのだ。


 敵将、ムナール将軍の罠にはめられ、大放列による猛烈な攻撃を受けたということで、情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)の余地こそあるものの、フランツの責任はアントンに勝るとも劣らないほど、重大だ。


 そんなフランツが、アントンの寛大(かんだい)な処遇を求めているのは、すべて、自分の保身のためでしかなかった。

 つまり、最大の責任者であるアントンの罪が軽ければ、その次に責任の大きいフランツの罪も軽くなる、という目論見なのだ。


「私(わたくし)からも、お願い申し上げます。

 なにとぞ、アントン殿には、寛大(かんだい)な処遇をたまわりたく存じます」


 続いてそう言ってアントンの処罰を軽くするように願ったのは、ベネディクトだった。


「確かに、アントン殿の責任は大きいものでございます。

 よって、無罪放免というわけには参りませぬ。


 しかしながら、敗戦の責任は、我らにもございます。

 私(わたくし)がもし、敵の増援が到着するよりも早く共和国軍の右翼を突き崩すことができていれば、あるいは、決戦に勝利できたかもしれませぬ。


 あまたの将兵を失った以上、なんらかの処罰はまぬがれぬと思いますが、アントン殿おひとりに重い処罰を与えるのでは、不公平でございます。


 アントン殿に陛下のご温情をいただいた処罰を下し、合わせて、この私(わたくし)、ベネディクトにも、陛下よりお裁きをいただきたく存じます」


 ベネディクトの言葉は、自身の責任もあることを率直に認めており、フランツの打算ありきの願い出よりは、エドゥアルドには心地よかった。


「陛下、若輩者ではございますが、私(わたくし)からも、アントン殿への寛大(かんだい)なご処遇をお願い申しあげます」


 フランツ、ベネディクトに続いて、エドゥアルドもそう言って、カール11世に向かって頭を下げていた。

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