第127話:「紛糾(ふんきゅう):2」

 何人もの諸侯が次々と発言し、議論が紛糾(ふんきゅう)する中、諸侯の中でもっとも上座に座らされることとなったエドゥアルドは、じっと、沈黙を保っていた。


(僕個人としては、救援を実施するのには、賛成なのだが……。


 しかし、僕が発言すれば、余計な波風を立てることにもなる)


 エドゥアルドが沈黙しているのは、他の諸侯に対する遠慮からだった。


 確かに、エドゥアルドは上座に座っている。

 だがそれは、エドゥアルドが実力者として、帝国でナンバー2の地位を手に入れたというわけではなく、あくまで、一時的にそうなったという、仮のものでしかない。


 ズィンゲンガルテン公爵・フランツも、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトも、エドゥアルドに上座をゆずった。

 しかし、クラウスに指摘された通り、内心でエドゥアルドの実力が自分たちよりも上だと認めたわけではなく、あくまで、今回の戦役での敗戦について、両公爵の責任の重さをかんがみ、[反省している]という態度を見せるための演出に過ぎないのだ。


 そんな意図を無視して、エドゥアルドが発言をすれば、どうなるか。

 表面的には笑顔を見せるかもしれなかったが、内心ではきっと、[小癪(こしゃく)な小僧め]と、おもしろくないだろう。


 だが、実を言うと、エドゥアルドはそんなことはどうでもよく、本心では今すぐに発言したかった。

 こんなふうに議論を紛糾(ふんきゅう)させて、結局なにも決められない。無駄な軍議を続けるよりも、他の諸侯から不興をかおうとも、エドゥアルドの思う帝国の進むべき道を、声を大にして主張したかった。


 エドゥアルドがバ・メール王国を救援することを考えているのは、決して、フランツの肩を持っているからではない。

 それが、今後の帝国にとって、もっとも有利であるからだ。


 バ・メール王国は、今、窮地(きゅうち)に立たされている。

 アルエット共和国を攻め落とすつもりが、逆侵攻を受ける危険が眼前に迫り、アンペール2世は要塞に敗残兵たちと共に立て籠もって必死に防戦しているような状況なのだ。


 そこに手を差し伸べれば、帝国はバ・メール王国に対し、途方もなく大きな[借り]を作ることができる。

 アンペール2世の要請でアルエット共和国に出兵したというだけではなく、バ・メール王国そのものを救うことになるからだ。


 しかも、それを実施するのに、大した兵力は必要ない。

 アンペール2世は現在、要塞で籠城を決め込んでおり、帝国はさほど大軍を派遣せずとも、少数の軍勢を派遣し、アンペール2世と共に籠城させるだけで、長期間にわたって共和国の力を引きつけることができるのだ。


 アンペール2世が残存兵力として立て籠もった要塞は、ヘルデン大陸でも広く名を知られた巨大な要塞だ。

 複数の星形要塞を組み合わせて作られ、銃や大砲の大規模な使用を前提とした重層的な防御網を有するその要塞を陥落させることは、決して容易なことではない。


 なんなら、エドゥアルドが率いているノルトハーフェン公国軍だけでもよい。

 籠城戦は厳しいものとなるのに違いなかったが、要塞で防備を固め、バ・メール王国を経由して帝国から増援と補給物資を送り続ければ、共和国軍のバ・メール王国への逆侵攻という意図はくじくことができるだろう。


 そうして、共和国がバ・メール王国に釘づけになっていれば、帝国はその間にじっくりと腰をすえて体制を立て直すことができる。

 今回の戦役の戦訓を反映し、共和国軍という[新しい軍隊]に対抗することのできる制度を作ることができるかもしれない。


 だが、それをエドゥアルドが言わないのは、エドゥアルドの背後で、従者としてこの軍議に参加しているヴィルヘルムが、「それはいけません」と、エドゥアルドの服のそでを引いて抑えているからだ。


 ヴィルヘルムはきっと、エドゥアルドの帝国内での立場が悪くなることを危惧(きぐ)しているのだろうが、エドゥアルドには、それだけではないこともわかっていた。


 なぜなら、今の帝国では、共和国軍をバ・メール王国に釘づけにして時間を稼いだとしても、今回の戦役で得た戦訓を反映して体制を刷新することなど、不可能だからだ。


 それは、軍議の席での、諸侯の主張の内容を見ればわかる。


 多くの諸侯が主張している、[今は兵を帝国に戻し、周辺の情勢を注視し、帝国の体制を立て直すべき]という意見は、一見すると堅実策に見えるが、その内実としては、[もう、故郷に帰って休みたい]という消極的な気分に根差したものだった。

 バ・メール王国が共和国に陥落してしまえば、帝国は重大な危機に見舞われることは明らかなのに、とにかく[様子見をしよう]というのは、実質的にはなにもしないのと同じことなのだ。


 その一方で、エドゥアルドが秘めている考えと同じく、バ・メール王国を救援しようと言っている諸侯たちも、内心では、救援に反対する諸侯と同じ気分であることは明らかだった。

 彼らは、一時的に軍を壊滅させて失ってしまったとはいえ、帝国で1、2を争う大勢力であり、次期皇帝の有力候補でもあるズィンゲンガルテン公爵・フランツからの好意を得ようとしているだけなのだ。


 その証拠に、誰も、「他に行く者がいないのなら、自分が行く」とは言い出さない。

 これでは、口先だけだというのが見え透いている。


 つまり、ヴィルヘルムがエドゥアルドの発言を押しとどめている理由は、ここでエドゥアルドが先頭に立って苦労をかって出ても、骨折り損になるだけだからだ。

 エドゥアルドがアンペール2世と共に戦って時間を稼いでも、消極的で大局からものを考えることのできない諸侯ばかりの帝国では、なすべき改革はなにひとつなせないのに違いないのだ。


(ああ……。


 これが、帝国の今の姿なのだ)


 エドゥアルドは今すぐに居並ぶ諸侯を怒鳴りつけてやりたい衝動(しょうどう)にじっと耐えながら、旧態依然とした帝国の姿を、改めて実感させられていた。


 それは、エドゥアルドに、少なくない絶望感を抱かせる光景だった。


 帝国は、変わらなければならない。

 たとえその体制が、タウゼント帝国に1000年以上もの繁栄をもたらして来たのだとしても、その古い体質を改革しなければ、帝国は次の10年も持たないかもしれない。


 だが、それがわかっているのは、どうやら、エドゥアルドを含む、ごく少数の者たちだけであるようだった。

 そして、大多数の者は、10年先のことさえ考えることができず、目先のことで右往左往している。


なにをすればいいのか、エドゥアルドにはわかっているのに。

 それを実行する力が、エドゥアルドにはない。


 それは、あまりにも悔しいことだった。

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