第126話:「紛糾(ふんきゅう):1」

 生き残った諸侯や、帝国陸軍の主要な将校たちが集まると、ようやく、皇帝・カール11世が姿を見せた。


「皇帝陛下の、おなりでございます! 」


 侍従が軍議のために用意された天幕の外でそう叫ぶと、集まっていた者たちはみな席を立ち、居住まいを正して、皇帝を出迎えた。


 カール11世は、杖をつきながら、ゆったりとした足取りで玉座へと向かって行く。

 そして侍従に助けられながら玉座へと腰かけると、居並んだ諸侯の顔ぶれを見渡し、そこに欠落が目立つことを確かめると、一瞬だけ、落胆したように視線を落とした。


「みなの者、大儀である。


 さぁ、腰かけるがよい」


 だが、それは一瞬のことだった。

 カール11世はすぐに顔をあげると、落ち着いた表情に戻り、諸侯に向かってそう命じる。


 そうして諸侯が腰を下ろすと、軍議が始まった。


 軍議はまず、現状を整理し、共有することから始められた。

 帝国軍がアルエット共和国へ侵攻した経緯と、その顛末(てんまつ)。

 撤退戦を終えた帝国軍の残存兵力と、討たれた貴族たちの名簿。

 失われた貴族や兵士たちの命に対して短い黙とうがささげられた後は、帝国軍の撤退後の、アルエット共和国とバ・メール王国の状況が、判明している限りで説明された。


 どうやら共和国軍は、その主力をバ・メール王国軍の撃滅へと振り向けているらしい。

 帝国軍を追撃し、戦果を拡張するためにも相応に兵力が割かれてはいたものの、共和国軍を勝利へと導いた敵将、アレクサンデル・ムナール将軍は、共和国軍主力10万を率いてバ・メール王国軍を追撃し、猛攻撃を加えているということだった。


 バ・メール王国の国王、アンペール2世は、アルエット共和国の侵攻に参加した8万の兵力のうち、その大半を失った。

 ズィンゲンガルテン公国軍が壊走したのに続き、共和国軍の猛烈な攻撃を受けたバ・メール王国軍は総崩れとなり、混乱の中、多くの戦力を失ったのだという。


 だが、アンペール2世はどうにかその窮地(きゅうち)を脱し、アルエット共和国に侵攻した際、あっさりと奪取することに成功していた国境の要塞に籠城し、共和国軍の追撃に耐えているということだった。


 アンペール2世は、バ・メール王国に残されていた兵力をできる限り動員してかき集め、要塞での籠城戦に投入している。

 なぜなら、ここで敗北してしまおうものなら、バ・メール王国は共和国軍によって逆侵攻を受ける可能性が高いからだ。


 ムナール将軍が帝国軍ではなく、バ・メール王国軍の追撃に主力を差し向けたのには、逆侵攻の意図があるからに違いなかった。


 タウゼント帝国は、強大な国家だ。

 その国土は広く、経済力も強く、兵士も多い。

 だから、この機会に逆侵攻しようとしても、帝国はその本土に残された兵力を動員すれば、なんとでも対処するだけの力を残している。


 だが、バ・メール王国は、そうではない。

 アンペール2世は、共和国の革命によって処刑された自身の妹、そしてその夫であるアルエット王国の国王、フランシス5世の仇(かたき)を討つために出兵し、王国軍の主力部隊のほぼすべてを動員していたのだ。


 そして、その軍勢は、ラパン・トルチェの会戦によって、壊滅した。

 王国に残っていた兵力は数万を数えたが、その戦力は二線級の部隊でしかなく、共和国から見たら、十分に圧倒することのできる戦力に過ぎなかった。


 共和制と、君主制。

 このままいけば、かならず、新たな衝突をすることになるはずの、2つの異なる存在。


 その、おそらくはこのヘルデン大陸全体を巻き込むことになる戦乱を前に、まずは、倒しやすいバ・メール王国から倒してしまおうというのが、ムナール将軍の意図であるのだろう。


 そして、現状の共有が終わると、軍議の議題は、バ・メール王国を救援するために出兵するか、否か、という話になった。


 なにしろ、国境の要塞に立て籠もっているアンペール2世からは、帝国に救援を求める要請が、いくつも届けられている。


 アンペール2世が籠城している要塞は、星形要塞と呼ばれる、マスケット銃による射撃戦が主流な戦法となってから、その戦い方に応じて発展した要塞で、かなり堅固なものだった。

 だから、ラパン・トルチェの会戦の残存兵力と、かき集めた二線級部隊でもなんとか守りを固めることができ、今のところ、共和国軍は包囲する姿勢を見せるだけで本格的な攻撃は行われてはいない。


 だが、総攻撃が開始されるのは時間の問題で、いつまで耐えることができるかは不透明な状況だった。


 今、救わなければ、バ・メール王国は、共和国によって滅ぼされてしまうかもしれない。

 そしてそうなれば、アンペール2世は、革命の際に断頭台に消えたフランシス5世と同じ運命をたどることになる可能性が高かった。


 敗北した帝国軍が受けた打撃は、大きい。

 だが、まだまだ帝国には大きな兵力が残されており、アンペール2世は、その兵力を頼るしかない状況だった。


 しかし、軍議の場では、出兵に反対する意見が多かった。


 そもそも、帝国に残された兵力とは、帝国の国土を守るために残された兵力なのだ。

 大国であるタウゼント帝国は、いくつもの国家と国境を接しており、そして、それらの国家は、チャンスさえあれば帝国の領土を奪い、自己の利益を拡大したいと目論んでいるのだ。


 帝国の東側には、オストヴィーゼ公爵領と大きく国境を接しているオルリック王国があり、さらに巨大なザミュエルザーチ王国が存在している。

 そして南側には、帝国に匹敵する大国である、サーベト帝国が存在しているのだ。


 この3つの国家と帝国は、何度も戦争をしてきた間柄だった。

 現状の外交関係は正常なものであり、通商取引が行われるなど、平和的な友好関係が持たれてはいるものの、それは帝国とこれらの周辺国との国力が、より具体的に言えば軍事力がバランスしているから維持されている関係だった。


 アルエット共和国への侵攻に失敗し、帝国軍が大損害を受けたと知って、どう動くか。

 帝国が多くの戦力を失い、国家間の力関係のバランスが崩れた今、隣国がその状況をどう考えるのか。

 誰にも確信を持ったことは言えず、帝国は、近隣諸国との対立に備える必要があった。


 だが、バ・メール王国を救援するべきという意見もあった。

 ラパン・トルチェの会戦でまっさきに壊走し、その後の撤退戦でほぼその軍隊が壊滅したズィンゲンガルテン公爵・フランツは黙っていたものの、ズィンゲンガルテン公爵家と血縁関係にある諸侯が、フランツの代弁者となってそう主張したのだ。


 フランツとアンペール2世は義兄弟であるという、縁故に起因した主張でもあるが、それ以外にも理由が存在する。

 それはつまり、[バ・メール王国の次は、帝国だ]という危惧(きぐ)だった。


 バ・メール王国を制圧したのちは、きっと、アルエット共和国はその矛先を帝国へと向けてくる。

 そうなれば、今度は帝国領が戦場になることとなる。


 そうなる前に、バ・メール王国を救援するべきだ。

 そう主張する声は少数派ではあったものの、一定の合理性もあり、決して、無視することのできない意見だった。


 軍議は、紛糾(ふんきゅう)した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る