第125話:「席順」
共和国領からすべての帝国軍が撤退し、浮橋を帝国軍が自ら焼き払った、その翌日。
タウゼント帝国の皇帝、カール11世は、今後の方策を取り決めるための軍議を招集した。
その軍議は、グロースフルスを渡河する前に行われたものと比較すると、寂(さび)しいものだった。
帝国諸侯に多くの欠員が生じ、空席が目立ったからだ。
だが、少なくとも、帝国で最有力の、5つの公爵家はすべてが集まった。
ヴェストヘルゼン公爵家、ズィンゲンガルテン公爵家、アルトクローネ公爵家、オストヴィーゼ公爵家。
そして、ノルトハーフェン公爵家。
5人の公爵だけは、以前と同じ顔ぶれだった。
だが、その席次は大きく変わることとなった。
「エドゥアルド殿。
大変、申し訳ないのだが、席を代わってはいただけないだろうか? 」
エドゥアルドは以前と同じように、誰よりも先に軍議の場にやってきて、5つの公爵家の中ではもっとも末席に腰かけて他の人々が姿をあらわすのを待っていたのだが、そんなエドゥアルドに、ズィンゲンガルテン公爵、フランツが、そう声をかけてきたのだ。
エドゥアルドは、二重に驚かされた。
以前のフランツ公爵は、自身の権勢が強大であることを誇り、皇帝ともっとも親しい者が座るべき上座に自ら腰かけたのだ。
そのフランツが、エドゥアルドに、末席をゆずってくれと言っている。
しかも、以前は軍議の開始時間ギリギリになってからあらわれたというのに、今回は、エドゥアルドに次ぐ早さでやってきているのだ。
「いえ、私(わたくし)が、もっとも年少でございます。
どうか、フランツ殿は、上座へ」
「そういうわけにも、いかないのだ。
エドゥアルド殿、どうか、私(わたくし)に末席をゆずってもらいたい」
エドゥアルドは驚きを隠せないまま、そう言ってフランツに遠慮したのだが、フランツの意志は固いようだった。
その時、エドゥアルドの背後に腰かけていたヴィルヘルムが、エドゥアルドの肩を軽くたたく。
「フランツ様のおっしゃる通りにするべきです」と、言っている様子だった。
仕方がなく、エドゥアルドが席を横にずらすと、フランツは「かたじけない」とエドゥアルドに礼を言い、5つの公爵家の中でもっとも末席に腰を下ろした。
続いてやってきたのは、また、驚くべきことに、ヴェストヘルゼン公爵、ベネディクトだった。
「エドゥアルド殿。
申し訳ないのだが、その席を、ゆずってはいただけないだろうか? 」
そして、さらに驚くべきことに、ベネディクトはフランツとまったく同じことを言って来たのだ。
エドゥアルドはまた、ベネディクトに遠慮しようとしたのだが、先ほどと同じようにヴィルヘルムがエドゥアルドの肩を叩いたので、なにがなにやらわけがわからないまま、もう1つ上座へと席を移動させた。
次に姿をあらわしたのは、アルトクローネ公爵、デニスだった。
エドゥアルドはまた、奇妙な席替えを要求されるのではないかと心配になったが、デニスは特になにも言わず、あいているエドゥアルドの隣の席へと腰かけた。
だがそれは、デニスの気弱な性格によるものであるらしかった。
席についたものの、デニスはしきりにエドゥアルドやベネディクト、フランツの横顔をうかがい、冷や汗をかきながら、それをせわしなくハンカチでふいていた。
軍議の席には、続々と諸侯が集まり始めていた。
そして、姿をあらわした諸侯は、エドゥアルドが以前とは異なった席順で座っていることに一瞬驚きはするものの、どういうわけか、それを当然のものと受け入れている様子だった。
(なんだか、気味が悪い……)
どうして、以前と同じ席順ではだめなのか。
その理由がわからないエドゥアルドは、その諸侯の平然とした様子が不思議で、不気味でしかたがなかった。
だが、そのエドゥアルドの疑問は、オストヴィーゼ公爵、クラウスが、息子であり跡継ぎのユリウスを引き連れて姿をあらわすと、解決することとなった。
「あー、エドゥアルド殿。
すまぬが、その席を、この老人へとゆずってはいただけぬか? 」
「そんな、まさか。
クラウス殿まで、そうおっしゃるのですか? 」
エドゥアルドの肩を叩き、茶目っ気たっぷりにウインクをしながらそう要請して来たクラウスに、エドゥアルドは思わず、信じられない、と驚いた声でたずねざるを得なかった。
なにしろ、もう、あいている席は、もっとも皇帝に近い、皇帝をのぞけば最も地位の高い者が座る上座しかないのだ。
「そんな、私(わたくし)のような若輩者が、もっとも皇帝陛下にお近い席に座るなど、あまりにもおそれ多いこと」
「ほっほ、エドゥアルド殿は、ほんに、お若いのぅ」
恐縮してしまっているエドゥアルドに、クラウスは声をたてて愉快そうに笑うと、突然、真剣な表情になってエドゥアルドに顔を近づけ、耳打ちをするように言う。
「エドゥアルド殿、貴殿が遠慮なさるのはわかるがの、今は、貴殿がもっとも上座に座るべき時なのじゃ。
なぜなら、今、もっとも多くの軍勢を率いてこの場におる[公爵]は、まぎれもなく、貴殿なのじゃからな。
今回の戦いでは、ズィンゲンガルテン公爵も、ヴェストヘルゼン公爵も、まずいことになった。
両家とも大きな被害を受けておるし、両公爵とも、今回の敗戦には大きな責任がある。
フランツ殿は、そもそも今回の戦争を行うきっかけを作ったし、ベネディクト殿は積極的に進軍を唱え、導いたのだからの」
「しかし、決戦すべきと進言したのは、この私(わたくし)も同じことです」
「それは、そうじゃ。
じゃが、貴殿は、見事に殿(しんがり)を務めたではないか。
それは、立派な功績じゃ。
帝国は大打撃を受けてしもうたが、ここにいるワシらが生きていられるのは、みーんな、エドゥアルド殿のおかげなのじゃよ」
そこまで説明すると、クラウスは、エドゥアルドの肩に置いた手に、そっと力を込めた。
「フランツ殿も、ベネディクト殿も、内心ではエドゥアルド殿を上座に座らせたくないと、そう思っておるじゃろうよ。
しかし、2人とも、その本音を押し隠して、貴殿を上座にすすめておるのじゃ。
その心情を、おもんばかって差し上げるべきじゃろう」
「……それならば、クラウス殿が上座につかれては?
年齢的には、クラウス殿がもっとも年長であられるのですし」
「ワシゃ、ダメじゃ」
エドゥアルドはなおも上座に座ることを拒否しようとしたが、クラウスは肩をすくめてやんわりと断って来る。
「だって、ワシ、黒幕でいる方が好きじゃもの」
(なら、デニス殿が……)
クラウスの言葉に絶句しつつ、それならば、と、エドゥアルドが視線をデニスへと向けると、デニスは小刻みに、プルプルと首を左右に振っている。
どうやら、エドゥアルドがもっとも上座に腰かける他はない様子だった。
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