第122話:「銃士隊:4」

「殿下。

 こうなっては、いたし方ございません。


 歩兵を前進させ、敵を強襲し、強行突破いたしましょう」


 ヴィルヘルムは、じっと衝動(しょうどう)を抑え込んでいるエドゥアルドに向かって、いつもの柔和な笑みのまま、そう言った。


「ムナール将軍が、我々がこの道を通ることを想定して足止めを送り込んでいたということは、当然、後方から追っ手が迫ってきている、ということでもございます。


 もし、挟撃を受けるようなことになれば、それは、前方におります2000の銃士隊を正面から突破いたしました場合に受ける損害より、はるかに大きな損害を受けることとなります。


 殿下の、兵たちをなるべく生きて故国に連れて帰ってやりたいというお気持ちは、私(わたくし)も、よく理解しているつもりです。

 ですがこの際、敵を強襲する他は、ございません」

「……わかっている」


 ヴィルヘルムの進言にエドゥアルドはうなずいたものの、すぐにそれを実施せよ、とは言えなかった。


 それを命じれば、数千の兵士が犠牲になると、わかっているからだ。


 ヴィルヘルムの言っていることは、正しかった。

 もし敵が背後から追いついてきてエドゥアルドたちを攻撃することになれば、いずれにしろ、前方の2000の銃士隊を無理やり突破しなければならなくなる。

 その上に、その、前方の敵を突破するのに手間取る間に、後方から攻撃して来る共和国軍によって、エドゥアルドたちは甚大(じんだい)な被害を受けることになるだろう。


 その被害はきっと、数千では済まない。

 たとえ迅速に銃士隊を突破できたとしても、この先の街道は狭く、エドゥアルドたちが脱出するには時間がかかる。

 その間に、多くの兵士たちが命を落とすことになる。


 なにより、ここまでやっと連れて帰って来た負傷兵たち。

 そして、ルーシェたち、エドゥアルドに仕える者たち。


 きっと、大きな犠牲が出てしまうのに違いなかった。


 だがエドゥアルドは、ヴィルヘルムの進言を即座に実行することができない。


 いつの間にか、喉がカラカラに乾いていた。

 緊張のあまりエドゥアルドの前身からは冷や汗が吹き出してきていて、サーベルの柄(つか)を握りしめたままの手が、カタカタと震えている。


「エドゥアルド公爵殿下。


 敵を強襲する任務、ぜひ、私(わたくし)にお命じくださいませ」


 その時、エドゥアルドに向かってそう言ったのは、ノルトハーフェン公国軍に続いて行軍を続けていた皇帝親衛隊を率いる、アントン大将だった。


 エドゥアルドが少し驚いて振り返ると、そこには、穏やかな笑みを浮かべたアントンの姿があった。

 どうやら、先頭を行軍していたエドゥアルドたちが敵と接触したという報告を受け、状況を確認するためにエドゥアルドのところまでやってきたところ、アントンはヴィルヘルムの進言を耳にしたようだった。


「アントン閣下。

 これは、犠牲の大きな、危険な任務です。


 ラパン=トルチェの会戦では、我が公国軍よりも、閣下の軍隊の方が大きな損耗を受けております。

 このうえ、閣下が皇帝陛下からお預かりしている軍隊をさらに損なうようなことがございましたら、皇帝陛下になんと申し開きができましょうか。


 ここはどうか、我らにお任せくださいませ」


 やはり判断を下せずにいたエドゥアルドに代わって、ヴィルヘルムがアントンの申し出を謝絶する。


「私(わたくし)に、考えがございます」


 しかしアントンは、強情だった。


「馬車を2、3台、潰したく思います。

 馬は外して、馬車に切り出した丸太などを取りつけ、移動でき、かつ、敵弾を防ぐことのできる、動く城壁とするのです。


 その、移動式の防塁に兵を乗せ、敵弾を防ぎつつ、敵を押し込みたく思います。

 そして、十分に近接いたしましたら、それに後続させていた歩兵を一気に突撃させ、敵を突破いたします。


 馬車を改造する時間は少々かかりますが、おそらく、現状では最短の時間で、最小の犠牲で、敵陣を突破することが叶いましょう」


 アントンの言葉に、エドゥアルドは顔をしかめていた。


 馬車に丸太を取りつけ、移動式の防塁とし、そこに兵を乗せて敵陣に迫り、機を見て一気に突撃し、白兵戦によって敵を圧倒する。

 馬車を移動式の防塁にするなど聞いたこともないし、馬を外すと言っていることから人力で押すのだろうが、そんなことが可能かどうかさえ分からない。

 加えて、たとえその工夫が成功して敵への接近ができたとしても、最後には敵に突撃して白兵戦で打ち破るのだから、アントンたちに大きな損害が出ることは確実だった。


 それだけではない。

 アントンの、あまりにも穏やかな笑みの意味が、エドゥアルドにはわかってしまうのだ。


 今、アントンは、「良い死に場所を見つけた」と思っているだろう。

 エドゥアルドたちが足止めを受けている地点は、帝国軍がグロースフルスに作った渡河点から数キロしか離れていない場所であり、前方の共和国軍さえ突破できれば、エドゥアルドたちは帝国へと帰還できる見込みがあるのだ。


 この戦争の、敗戦の責任を取る。

 それが、ラパン・トルチェの会戦以来の、アントンの決意だった。


 エドゥアルドが、無理やりに生かしたのだ。

 アントンこそ、これから訪れるであろう、帝国にとっての困難の時代を乗り越えるだけの人材であると、自身の師として教えを受けるのに値する者であると、そう思ったから、エドゥアルドはアントンを必死で生かしたのだ。


 だが、アントンの気持ちは、変わっていない。

 自らの死をもって、敗戦の責任を、多くの戦死者を出した責任を、その一身に引き受け、そして、帝国全体に、帝国軍人のなんたるかを示そうとしているのだ。

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