第121話:「銃士隊:3」

 発砲の音は、前方から断続的に届いてくる。

 前装式ライフル銃は、再装填が難しい兵器なので、発砲がまばらになるのは仕方のないことだ。


 しかし、不思議だったのは、どうやら、敵方が反撃にマスケット銃を発射しているらしい音も聞こえてきていることだった。


「プロフェート殿。

 どうやら敵は、こちらに反撃してきているようだ。


 銃士隊というのは、マスケット銃ではなく、ライフル銃を装備しているのか? 」

「いえ、銃士隊は、馬で移動する戦列歩兵ですから、マスケット銃を装備しております」


 エドゥアルドがいぶかしむようにヴィルヘルムにたずねると、ヴィルヘルムははっきりとそう答えた。


 だが、それは、おかしなことだった。

 元々、軽歩兵を選抜して敵を攻撃させたのは、敵よりも射程が長く、こちらが一方的に射撃できるからだったのだ。


 銃士隊は、エドゥアルドたちの進行方向を塞ぐように布陣している。

 そこはちょうど、グロースフルスに沿ってのびている街道が、陸地側からせり出してきている岩山によって狭くなっている場所で、少数でも守りを固めることのできる地形だ。


 そこにこちらから攻撃をしかけて行けば、数でやがては押し切れるにしても、大きな損害が出てしまう。

 たとえ相手が2000に過ぎず、エドゥアルドたちが3万弱もの兵力を有していようとも、実際に両軍が衝突できるのは狭い地形であり、戦いは、双方正面からの撃ち合いになって消耗戦になることが確実だからだ。


 単純な計算だが、もし、敵が徹底抗戦したとしたら、エドゥアルドたちは敵と同じ2000の兵力を失うことになるだろう。

 同じ性能の兵器、同じ戦法で戦うのだから、数の優位を生かせない以上、どちらかが一方的に敵を倒す、ということはできないのだ。


 せっかく、ここまでなんとか無事に連れてくることができたのに。

 今さら、大きな犠牲を出すことはしたくなかった。


 だからエドゥアルドは、戦列歩兵に射程で勝る軽歩兵を前に出し、敵を攻撃させた。

 もし敵が守るばかりで動かないのなら、射程の差で一方的に狙撃し、敵の兵力を削っていくことができるし、一方的に撃ち負けることを嫌って敵が狭隘部(きょうあいぶ)から打って出てくるのなら、エドゥアルドたちは数の有利で敵を袋叩きにすることができる。


 すでにエドゥアルドたちは、そのための布陣を終え、敵が出てくれば一斉に包囲し、一斉射撃で突き崩し、銃剣突撃で敵を殲滅(せんめつ)する態勢を整えている。


 だから、軽歩兵に射程で劣っているはずの敵が、反撃の射撃を行ってきていることは、エドゥアルドたちにとって不可解なことだった。


 有効射程外なのを承知で、苦し紛れに発砲してきているのか。

 エドゥアルドはそんなふうに思ったが、しかし、そうではないようだった。


「ご報告、ご報告!


 我が前衛、苦戦! 」


 選抜された軽歩兵部隊に伝令として配備されていた騎兵が、慌てた様子で馬を駆けさせて来て戦況を報告したことで、ようやく、エドゥアルドたちにもなにが起こっているのかが理解できた。


 敵は、ただ、狭い場所に陣取っているわけではない。

 曲がり角になっている場所で、待ちかまえているのだ。


 確かに、マスケット銃は前装式ライフル銃よりも射程が長い。

 しかしそれは射線が通っている場合にことで、道が曲がっていてまっすぐではなく、射線が通っていない状況では、その優位は生かせない。


 敵は、軽歩兵に一方的に射撃されないよう、曲がり角の部分で、自分たちの武器でも十分に届く距離に詰めて布陣しているのだ。


 そうなると、軽歩兵は明らかに不利だった。

 いくら精度が良いとはいっても、再装填の遅い前装式ライフル銃では、素早く再装填のできるマスケット銃を装備した戦列歩兵と撃ち合ったら、単位時間当たりの投射弾量の差で押し負けてしまうのが、当然だった。


「ヨハンに命じ、ただちに軽歩兵隊を後退させよ。


 敵への攻撃は、別の方法で実施することとする」


 前線の状況を知ったエドゥアルドは、ただちに作戦変更を命じた。

 できるだけ損耗を抑えて、帝国へと帰還したかったからだ。


 エドゥアルドは、前方から銃声が聞こえなくなったことにほっと安心しながら、同時に、もどかしさと、憤りを覚えていた。


 撤退の判断が早かったことで、損害は最小限に抑えることができただろう。

 しかし、エドゥアルドたち司令部が、前線の状況を正しく把握していれば、防げた損害であるはずだった。


 戦場の情報伝達は、齟齬(そご)や抜け落ちが多い。

 司令部は多くの偵察を出し、伝令を受けて戦場の情報を収集するのだが、その情報はすべて口伝てのものであって、必ずしも正確に伝わるとは限らないのだ。


 エドゥアルドが直接この目で状況を確認することができれば、話しは早い。

 そうした方が、より良い判断をできただろう。


 しかし、エドゥアルドは、ノルトハーフェン公国軍の最高司令官だった。

 そんなエドゥアルドが安易に本営をからにし、前線に出て、流れ弾にでも当たってしまったら、もうそれで、公国軍は戦えなくなってしまう。


 それが、君主制国家の軍隊というものだった。

 兵士たちは、志願、徴収の違いに関わらず、君主に仕えているのであって、君主制国家の軍隊の指揮系統はすべて君主の下に集約されている。

 つまり、君主が倒れてしまえば、誰もその代役となることができない仕組みであり、君主1人が倒れただけで軍隊としての機能を喪失(そうしつ)してしまう構造になっているのだ。


 だからエドゥアルドは、もどかしく、憤っていた。


 自身の目で気軽に前線に出ることが許されないことの、もどかしさ。

 そして、情報不足が原因だったとはいえ、悪い指揮をして、兵を無駄に傷つけてしまったことへの、自分自身への憤り。


 エドゥアルドは今すぐ前線まで出向いて行きたいという衝動(しょうどう)を、サーベルの柄(つか)をきつく握りしめることで、なんとか抑え込んでいた。

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