第120話:「銃士隊:2」

 エドゥアルドたちが、大砲の1門でも保有していたのなら、話しは単純だった。

 大砲を前へと押し出し、マスケット銃の射程外から一方的に敵兵をなぎ払ってしまえば、敵が狭隘(きょうあい)な地形を陣地として待ちかまえていようと、突破するのは簡単なことだ。


 しかし、敗残の身であるエドゥアルドたちは、装備していた大砲をすべて戦場に放棄(ほうき)して来てしまっている。

 大砲で突破口をこじ開けるという手は、使えない。


「なら、軽歩兵部隊を前に出そう。


 射程の長いライフル銃なら、一方的に敵を狙撃できるはずだ」


 エドゥアルドは、せっかくここまで逃げてくることができたのだから、できれば、これ以上の犠牲者は出したくはなかった。

 だから、こちらからは被害を出さずに、敵を追い散らすために、射程の長い軽歩兵を使おうと考えた。


 その考えに、ヴィルヘルムも同意した。

 できるだけ被害を抑えたいというエドゥアルドの考えを支持したというだけではなく、なんにせよ、こちらから攻撃を加えてみることで、敵の出方をうかがうことは必要だと判断したのだろう。


 エドゥアルドの命令はペーターへと伝えられ、ペーターは、エドゥアルドがシュペルリング・ヴィラで暮らしていたころにエドゥアルドと深くかかわり、以来、猟師として培った射撃の腕前で活躍しているヨハン・ブルンネン以下、100名ほどの特に腕のいい軽歩兵を選抜して、敵を射撃させるために前進させた。


 共和国軍の銃士隊は、報告にあった通り、グロースフルスに沿って南へと続いている街道の狭隘(きょうあい)部分を抑えるように布陣していた。

 ちょうど断崖が河岸へと迫っているところで、陸地の側には大きな岩山があり、迂回するにはかなりの遠回りをしなければならない場所になっていた。


 エドゥアルドたちは、3万人弱という大人数だ。

 しかも、まだ回復しきっていない大勢の負傷兵たちを抱えているために、負傷兵を乗せて移動することのできる馬車が通れる道でなければ、通過できない。


 遠回りしていては、無駄に時間がかかってしまう。

 そうなれば、共和国軍の本格的な追撃を受ける危険があった。


 これまで、エドゥアルドたちは敵の意表を突いて進路を変えた効果もあって、敵の追撃を受けずに済んできた。

 しかし、目の前に共和国軍が姿を見せた以上、やはり、追撃のための追っ手が差し向けられていると、そう判断せざるを得なかった。


 おそらく、帝国軍が自ら設置した浮橋を通って帰還しようとするだろうと見抜いて、ムナール将軍は帝国軍の渡河点の周辺に兵力を差し向けたのだろう。


「渡河点が、守られていればいいのだが……」


 エドゥアルドは思わず、そう不安に思う気持ちを呟いていた。


 兵力を差し向けて来たということは、ムナール将軍に率いられた共和国軍は、帝国軍にさらなる打撃を与えることを、あきらめていないということだった。

 そのためには、帝国軍の渡河点を潰(つぶ)し、帝国軍をアルエット領内にとどめて、包囲し、殲滅(せんめつ)したいと考えるだろう。


 エドゥアルドたちはこれまで大きな敵と遭遇せずに済んできたが、それは、ムナール将軍が追撃のための兵力を、帝国の渡河点を奪取するために注ぎ込んだからではないか。

 そんな不安がエドゥアルドの中でにわかに大きくなっていた。


 その不安を、エドゥアルドが半ば無意識に声に出したのは、できれば、そうではないと誰かに否定して欲しいという気持ちがあったからだ。


「殿下。

 渡河点はきっと、帝国軍が守り続けてくれているはずです」


 エドゥアルドの気持ちをくんだのか、ヴィルヘルムが、いつもと変わらない柔和な笑みでそう言った。


「プロフェート殿。

 どうして、そう思うのだ? 」

「敵がここでこうして、我々の足止めをしようとしているからです。


 もし、渡河点がすでに共和国軍によって奪取されているのであれば、敵はそこでこちらを待ち受け、罠にはめようとするでしょう。

 渡河点を守っていた帝国軍を撃破するためには相応の兵力が必要で、おそらく、我々の倍以上の数にはなるでしょう。


わずか2000名程度の兵力ではなく、その何十倍もの兵力で我々を待ち受け、包囲し、殲滅(せんめつ)する。


 そうしないのはきっと、渡河点はまだ無事であるためです。

 そして、敵が銃士隊という騎乗歩兵の集団であるのは、我々帝国軍がスムーズに帝国へと帰還できないよう、足止めさせるために、ムナール将軍が先行して送り込んだからなのでしょう」


 ヴィルヘルムの言うとおりだとエドゥアルドには思えた。

 エドゥアルドたちを撃滅するのであれば、野戦となることを考慮して倍の兵力は必要になってくるはずだったし、渡河点がまだ帝国の手にあると信じて行軍して来たエドゥアルドたちを待ち受けて奇襲する方が、共和国軍にとっては有利なはずだ。


 それをしないということは、そうすることができないという状態にあるからに違いなかった。


 だが、だからと言って、ここで手間取っていては、後ろから追跡してくる敵に追いつかれてしまうことになる。

 帝国軍にできるだけ大きな損害を追わせるために、ムナール将軍はエドゥアルドたちが共和国軍の手の届かない帝国領へと撤退してしまうことを防ごうと、こうやって兵力を差し向けてきているのだ。


 あまりに時間をかけすぎてしまっては、せっかくここまでうまく切り抜けてきたことが、すべて無駄になってしまう。


 エドゥアルドが険しい顔で、敵がいるはずの前方を見つめていると、その方向から、乾いた破裂音がいくつも聞こえてくる。


 どうやら、選抜された軽歩兵たちの手によって、敵に対して射撃が開始された様子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る