第119話:「銃士隊:1」

 エドゥアルドの命令は、伝達されるとすぐに実行に移された。

 戦闘に不要な荷物を下し、銃に弾薬を装填し、騎兵の襲撃を受けて白兵戦になってもすぐに応戦できるように銃剣も装着した兵士たちは、ドラムの音に合わせて行進を開始し、斜面を登っていく。

 そしてどうにか、エドゥアルドたちは高所を抑え、横に兵力を展開して、戦闘態勢を整えることができた。


(これで、ひとまず応戦はできる)


 兵士たちがうまく戦闘態勢を整えることができたのを見て、エドゥアルドはほっと胸をなでおろしていた。


「報告!

 敵、約2000、前方の街道の狭隘(きょうあい)部を占拠し、防御陣を築きました! 」

「……なんだと? 」


 しかし、より詳細な敵情を探って戻って来た伝令が、馬上から慌ただしく報告してくるその言葉を聞くと、エドゥアルドはけげんそうな顔をする。


 敵は、2000名ほどだという。

 だとすれば、現在のエドゥアルドたちの保有する兵力の10分の1以下であり、騎兵突撃に対する備えをきちんとしておけば、さほど脅威(きょうい)となるものではない。


 本来であればそれは朗報と言って良かったが、ひっかかる部分がその報告にはあった。


 敵は、騎兵であるという報告を受けている。

 そして騎兵は、1か所にとどまって戦うことが、歩兵に比べると苦手だった。


 同じマスケット銃を装備していたとしても、騎兵はどうしても歩兵ほどには密集した隊形を作ることができず、火力の発揮という点で歩兵には勝てない。

 加えて、騎乗した状態では的も大きくなってしまうために、正面から戦列歩兵と射撃戦をしたら、騎兵に勝ち目はない。


 だから騎兵は、その速度をなるべく生かして戦う。

 1か所にとどまらず、馬を自在に駆け回らせ、歩兵の死角から襲いかかり、歩兵が小銃の一斉射撃による火力を発揮することができないように、ズタズタに隊形をかき乱す。


 それなのに、敵は、エドゥアルドたちの前方の狭隘(きょうあい)部分を抑え、即席の防御陣地を築いたのだという。


 不意なことだから、陣地と言っても特に障壁(しょうへき)などの防御設備があるわけではないだろう。

 ただ、少ない数でも戦うことのできる、より優位な位置に兵力を展開して、エドゥアルドたちに対する兵力の劣勢を補おうとしているのだ。

 地形を利用しただけの、本当に簡易的な、即興の陣地だ。


 敵が歩兵であれば、合理的な選択だろう。

 そこでエドゥアルドたちを足止めしていれば、後方から、共和国軍の増援が到着する可能性もある。


 だが、相手は騎兵なのだ。

 1か所に防御陣を作り、騎兵としての利点をすべて投げ捨てるようなことをするとは、とても信じられないことだった。


「敵情報告、ご苦労。

 しかし、確認させてくれ。


 先の報告では、敵は騎兵であるという報告を受けているのだが、敵は本当に、この先で防御陣を築いているというのは、本当なのか? 」

「はい、それが……」


 敵情を報告に来た騎兵はエドゥアルドの疑問にうなずくと、彼自身、[敵の考えていることがよくわからない]といった表情で問いかけに答える。


「最初に遭遇した時は、敵も騎乗しており、付近を捜索(そうさく)しているような様子でした。


 しかし、我々が近くにいることに気づくと、敵は、馬を降り、徒歩になって、隊列を組んだのです。

 武装はマスケット銃で、そのあり様は、歩兵のようでした」

「おそらく、それは銃士隊なのでしょう」


 エドゥアルドも伝令の兵士も、馬から降りて歩兵のように隊列を組んだという話にけげんそうにしているが、ヴィルヘルムは、その奇妙な行動をする敵の正体を知っているようだった。


「銃士隊?

 なんだ、それは? 」

「戦場を機動する場合には騎乗し、実際に戦う時には下馬して、歩兵のようにマスケット銃を主な兵装として用いる、騎乗歩兵部隊のことです」


 銃士隊という言葉に聞き覚えのなかったエドゥアルドが問い返すと、ヴィルヘルムはそう言って、すらすらと説明してくれる。


「元々は、アルエット王国時代に編成されていた部隊で、馬の機動力を持って敵の側面や後方に進出し、歩兵として戦闘を行う、という部隊であったようです。


 おそらくは、撤退する帝国軍を追撃するか、あるいは、より大規模な追っ手が到着するまでの時間稼ぎをせよ、との命を受けているのでしょう」


 エドゥアルドは、銃士隊という存在に、感心したような、疑わしいような気持だった。


 歩兵は、騎兵よりも機動力で劣っている。

 その一方で、騎兵は歩兵よりも火力で不利だった。


 銃士隊は、その両者の欠点を打ち消し、長所だけを合わせ持ったような存在に思える。

 馬の機動力で迅速に移動し、敵の弱点に対して、戦列歩兵としての大火力を発揮して攻撃を加えることができるのだ。


 しかし、見方を考えれば、中途半端な存在のようにも思える。


 馬というのは、飼育にけっこうな手間と、お金のかかる存在なのだ。

 相手は生き物だから、戦場で求められる十分な力を発揮してもらうためには、栄養のあるものを食べさせ、病気やケガをしないように手厚く世話をしてやらなければならない。


 そんな馬を大量に用意しつつ、騎兵として使うのではなく、戦う際には下馬して歩兵として戦う。

 なんというか、すごく贅沢(ぜいたく)な兵種だと思える。


 だが、銃士隊はエドゥアルドたちの前に、厄介な敵として立ちはだかっているというのが、現実だった。

 彼らは少数ではあるものの、その数の劣勢を補うことのできる場所に陣取り、そして、密集隊形でマスケット銃の斉射による火力を十分に発揮できる歩兵として、そこにいるのだ。


 後ろからは、共和国軍のさらなる追っ手が迫っているという可能性もあった。

 そんなエドゥアルドたちにとって、少数であっても突破することの困難な銃士隊の出現は、深刻な事態だった。


※作者注

 ちなみに、有名な三銃士も、この銃士隊です。

 騎乗歩兵です。

 サーベルばっかり使っているイメージですが、あくまでメイン武装はマスケット銃だったりします。


三銃士の主人公たちもそうですが、元々はフランス王家に仕える人々であったようですが、ここでは、[銃士]って元々、こういう人たちだったんだよと、ぜひ読者の皆様にもご紹介したかったので、共和国軍の一部として登場させてみました。

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