第115話:「道:1」

 ルーシェは、そのままエドゥアルドに向かって駆けてきて、エドゥアルドに飛びつくように抱き着いて、感動の再会を果たす。


 エドゥアルドはそうなると思ったし、実際、ルーシェは嬉しそうにエドゥアルドに向かって駆けてきたが、しかし、2人の間には邪魔者が入った。


 ルーシェにエドゥアルドの到着を知らせに行ったカイが、途中でルーシェを追い抜き、そして、ルーシェよりも早くエドゥアルドに飛びついて来たからだ。


 どうやらカイは、無邪気に、ルーシェと追いかけっこでもしている気になっていたらしい。

 後ろ足で立ち上がり、前足でエドゥアルドによりかかり、「かけっこに勝ったよ、ほめて! 」と、エドゥアルドにねだっているようだった。

 カイの尻尾が、千切れそうなほどブンブンと勢いよく振られている。


 カイに先を越されてしまったルーシェは急速に勢いを失い、彼女自身の喜びをどこに向かって発揮すればいいのかわからなくなって、戸惑ったように、残念そうな顔で、頬を人差し指でかいた。

 そんなルーシェに、エドゥアルドも苦笑して見せながら、空気は読めなかったがお手柄だったカイの頭をなでてやる。

 するとカイは満足したのか、上機嫌でエドゥアルドから離れると、ルーシェの方へとことこと向かって行った。


 本当は、エドゥアルドもルーシェも、もっと近くで互いの無事を喜び合いたかったのだが、カイの空気を読まない行動のせいで、なんだかタイミングを逃してしまって、動きづらい。


「公爵殿下!

 ああ、よかった!

 カイが、うまく見つけてきてくれたんですね! 」


 その時、エドゥアルドたちがやってきたことに気づいたのか、エドゥアルドに仕えるメイドたちを束ねているメイド長、マーリア・ヴァ―ルが、木こり小屋の中から姿を現した。


 メイドたちが身に着けているのと同じ、エプロンドレス姿だ。

 しかし、そのエプロンには、血が染みついている。


 おそらく、木こり小屋の中には、比較的に重傷を負っている兵士たちを収容しているのだろう。

 そしてマーリアは、元は産婆(さんば)だったこともあり、軍医たちを手伝ってその治療を行っていたようだった。


「伝令の人が来て、すぐに逃げろ、なんていうもんだから、いったいどうなっちまうんだろうって心配で、心配で!


 でも、ああ、よかった!

 公爵殿下がご無事で、お迎えに来てくださったなら、もう、大丈夫」


 エドゥアルドのところまで小走りで駆けよって来たマーリアはそう言うと、大げさな身振りで胸をなでおろしてみせた。


「マーリアたちも、無事でよかった。


 しかも、これだけの負傷兵を収容してくれているなんて。

 さぞ、大変だっただろう? 」

「いえ、いえ!

 それが、あたしらの仕事ですからね! 」


 エドゥアルドがそう言って感心して見せると、今度は、マーリアはどこか誇らしげに胸を張って見せた。

 しかし、次の瞬間には、暗く、不安そうな表情を見せる。


「だけど、これだけの兵隊たちを、無事に帝国まで連れて帰ってあげられるんでしょうか?

 なんとか、ぎゅうぎゅうに詰めれば馬車に乗せて全員を運べるんですけどね、過積載だからスピードは出ないって、あたしの旦那が。


 帝国までは、ここから何百キロもあるっていうのに……」


 マーリアの懸念は、おそらく、全員が共有しているものだっただろう。

 エドゥアルドが離れている間も、ノルトハーフェン公国軍の陣営ではどの道を通って帝国に向かうかが議論され続けているはずだった。


 心配するな、マーリア。

 エドゥアルドはそう言って、力強く笑いかけてやりたかったが、しかし、そうすることのできない状況に置かれているのだ。


「昔、この辺りも修行で来たことがあったから、いくつか道はわかるんですけどねぇ……。

 どの道を通っても帝国に行きつけるんですが、どの道を通って行けばいいのかなんて、あたしにはわからないし……」


 そう物憂げに手に頬を当てながらぼやいたマーリアの言葉に、エドゥアルドははっと、驚いたような顔をマーリアへと向けていた。


「マーリア。

 もしかして、この辺りの道を知っているのか? 」

「……え? はい?


 ええ、そりゃ、知ってますよ。

 若いころ、アルエット共和国で修行していましたから」


 驚きに目を丸くしたままたずねてくるエドゥアルドに、マーリアは「なにを今さら」と言いたそうな、けげんそうな視線を向けてくる。


「弟子入りしたお医者の先生が、アルエット共和国の方だったんですよ。

 それで、あたしも修行のために、何年か住んでいたんです。


 いつも忙しい先生で、あっちこっち往診に駆けまわっていたものだから、それについていたあたしもいろんなところに連れていかれたもんです。

 それに、何度か帝国に里帰りもしていますから、道ならわかります」


 エドゥアルドは、マーリアがかつてアルエット共和国で修行していたことがある、という経歴を、間違いなく知っていた。

 マーリアが作る料理はアルエット共和国の宮廷風の料理で、その料理の腕も、師事した医師の下で学ぶ間に身に着けたものだった。


 マーリアとしては、自分がアルエット共和国の地理に理解があることを、エドゥアルドは当然、知っているものだと思っていた様子だった。


 しかし、エドゥアルドは、そのことを完全に失念していた。

 元々マーリアは今回の出征に同行しない予定であり、戦いのことでいっぱいだったエドゥアルドの頭の中からマーリアの経歴のことはすっかり抜け落ちてしまっていたのだ。


「マーリア。

 忙しいのはわかっている。


 だが、作戦会議に、今からすぐに、参加してもらえないか? 」


 なんで、こんな大事なことを忘れていたんだ。

 エドゥアルドはそう後悔しつつ、1歩前に出て、マーリアの手を取ってそう言った。


「え? ええ……?

 あ、あたしが、作戦会議に?


 そりゃ、公爵殿下のお願いとあれば……、断れませんけど……」


 そのエドゥアルドの素早い動作に戸惑ってマーリアは何度もまばたきしながら、それでもうなずいていた。


※シーン補足

エドゥアルド「こ奴め、ワハハ」

カイ(なんだか、いつもよりもなでる力が強いワン)

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