第96話:「壊走」

※作者オススメBGM:La Victoire est a Nous

 ナポレオン率いる大陸軍(だいりくぐん)のテーマソングみたいなものです。


 ちなみに、この曲を演奏しながらナポレオンの親衛隊が行進して来たら、熊吉は武器を捨てて逃げます。


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 ムナール将軍は、いったいどうやって、その重量のために機敏に動かすことのできない大砲を、しかもあれだけの数、両翼から援軍があらわれた「ここぞ」というタイミングで、戦場に投入できたのか。


 エドゥアルドにはわからなかったし、そのことについて、深く考えている余裕もなかった。


 共和国軍の陣営でファンファーレが鳴り響き、無数のドラムが、おどろおどろしい打音を奏で始める。

 そして、共和国軍の兵士たちがかかげていた隊旗が、壊走を始めたズィンゲンガルテン公国軍に向かって前進を始めた。


 今まで守勢に回っていた共和国軍が、一転して、反攻に転じたのだ。


 すべて、ムナールの考え通りに、戦況は動いていた。


 連合軍は「罠かもしれない」と何度も怪しみながらも、共和国軍の無抵抗と自身の[常識]にとらわれ、まんまと、ムナール将軍の[罠]の中に飛び込んでしまったのだ。


 ムナールが、共和国の首都・オルタンシアから出てきたのが、彼の計略の最後の仕上げだった。

 「敵は味方の半数」と決めつけた連合軍が、この決戦の場に出てくるように、自らを囮として誘い込んだのに違いない。

 ムナール将軍とその指揮下にある共和国軍を撃破すれば、連合軍はこの戦争に完全勝利することができるのだから、釣りだすには最良のエサだった。


 エドゥアルドたちが、勝ち目はあると信じていた決戦。

 ムナールはその場に、現状のアルエット共和国が持てるすべての兵力をかき集めていた。


 敵は、こちらの半数などではなかった。

 連合軍と同数の共和国軍が、この決戦場に集中されていたのだ。


 しかし、いったいどこから、そんな兵力を集めてきたのだろう?

 南の国境を守っていた5万の軍勢を持って来たというのはわかるのだが、しかし、それだけでは、連合軍の両翼を逆包囲している今の兵力は集められなかったはずだ。


 やはり、この戦争の初戦において、共和国の北部の国境地帯でバ・メール王国軍に敗北した軍勢が、再編成されて戦線に復帰したのに違いない。

 だが、開戦から1月以上が経過しているとはいえ、一度敗北して雲散霧消(うんさんむしょう)したはずの軍隊が再生して戦線に復帰するなど、普通は考えられないことだった。

 まして、敗走する以前とそれほど変わらない規模で復帰してくることなど、とても信じられないような出来事だった。


 普通、敗れた軍隊の兵士たちは逃げ散って、部隊に自ら戻ってくることは少ないし、戻って来たとしても武器などの装備は失っていて、再編成して戦力として再び使えるようにするためには多くの時間と膨大(ぼうだい)な物資の補給が必要となる。

 それなのに、この短期間で、バ・メール王国軍に破られたはずの共和国軍の北部軍団が戦線に復帰した、それも以前とほぼ同規模でということは、離散したはずの兵士たちのほとんどが、武器を持ったまま再集結したということになる。


 復帰できたとしても、そこまで大きな数にはならないだろう。

 共和国軍の北部軍団が戦線に復帰することを想定していたアントンでさえ、北部軍団がバ・メール王国軍に敗れる前とほぼ同じ規模で復帰して来るとは考えていなかった。


 その、あり得ないことが、現実に起こっている。


 どうやら、ムナール将軍に率いられたアルエット共和国軍は、エドゥアルドたちの既存の常識ではとうてい、計りきれない存在であるようだった。


 なにかが、違うのだ。

 そのなにかがどういうものなのかはまるでわからないが、共和国軍は、これまでこのヘルデン大陸に存在した軍隊とは、異なっている。


 まるで、不死鳥のように蘇生する軍隊なのだ。


 アルエット共和国で内戦が続いている時から、そうだった。

 革命軍は王軍に何度も敗北し続けたが、その都度蘇り、何度倒されても立ち上がり、そして、最後には王軍を打ち破って、共和国を打ち立てた。


 その異質さに、エドゥアルドたちは気づいていなかった。


 エドゥアルドの目の前で、ズィンゲンガルテン公国軍の壊走が連鎖し、広がっていく。


 攻勢に転じた共和国軍の攻撃に対し、抵抗するズィンゲンガルテン公国軍の部隊も、数多くあった。

 しかし、その部隊も、次々と打ち破られ、壊走していく。


 共和国軍は、各大隊が、戦列歩兵、軽歩兵、擲弾兵によって構成されている。

 このために、共和国軍の部隊は常に、立ちはだかる部隊に対し、軽歩兵で遠距離から射撃を加え、戦列歩兵で削って、擲弾兵を先頭に突撃して敵を突き崩すという、連携した戦い方をすることができるのだ。


 その連携の前に、ズィンゲンガルテン公国軍の部隊は次々と打ち負かされていく。


 その戦い方が有効であるとは、エドゥアルドはヴィルヘルムから知らされていた。

 だからこそ、そのアルエット共和国の編成を、ノルトハーフェン公国にも導入し、軍の改革を断行したのだ。


 その、自分の行っていることが間違いではないと、実物を見せつけられて嬉しい半面、エドゥアルドは重苦しい気分だった。


 あの、共和国軍と、エドゥアルドは戦わなければならないのだ。

 エドゥアルドはノルトハーフェン公国軍が立派に戦えると知っていたが、敵は、ノルトハーフェン公国軍が導入した「新しい編成」の「本家本元」である。

 エドゥアルドたちがいかに精強であろうとも、苦戦は必至だった。


「エドゥアルド殿!

 戦況は、いかに!? 」


 風車小屋の下の方で、皇帝の侍従が、大放列の轟音の中からでも届くように大声で問いかけてくる。


 エドゥアルドが下の方を見ると、帝国軍の本営にいた人々が、固唾(かたず)を飲んでエドゥアルドのことを見上げていた。


「我が方の、不利です! 」


 彼らはきっと、良い報告を聞きたいのに違いない。

 しかし、そんなウソを言ったところで、この現実が変わることはない。


 だからエドゥアルドは、包み隠さず、報告する。


「敵は、援軍を機に、反転攻勢に出ております!


 すでに、[大放列]からの猛烈な砲撃により、我が軍中央、ズィンゲンガルテン公国軍は、総崩れとなりつつあり!


 共和国軍は反撃を実施し、我が陣営を突き崩しつつあります! 」


 その報告に、エドゥアルドを見上げていた人々は、絶望したような表情を浮かべる。

 皇帝・カール11世に至っては、あまりのショックに眩暈(めまい)を覚えたのか、イスの上で姿勢を崩し、侍従によって慌てて支えられる始末であった。

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