第95話:「大放列」

 その場にいた全員が、耳を疑った。

 ついさっき、連合軍の左翼に対し、数万の新手があらわれたと報告があったばかりなのだ。


 それなのに、連合軍の左翼とは反対側の右翼、バ・メール王国軍の側面にも、新たな敵があらわれた。

 それも、その数は約5万なのだという。


 つまり、共和国軍は今、合計で10万近い援軍を受けたということになる。


 当初戦場にいた共和国軍の数は、10万。

 そこに、約10万の軍勢が加わった。


 それは、連合軍が有していたはずの兵力的な優越が、雲散霧消(うんさんむしょう)したということを意味していた。


「いったい、どこからそんな敵が……っ!! 」


 帝国軍の本営は、半ば、パニックのようになり、そう言って頭を抱えている者までいる。


 敵に対して倍の数があるからこそ、この会戦に臨んでいるのだ。

 だが、その大前提が崩れ、敵は、こちらとほぼ同数なのだという。


 しかも、切羽詰まったような伝令の様子から、バ・メール王国軍は苦戦している。

 共和国軍の主力と、敵の援軍とに挟撃されて、すでに崩れかかっているかもしれなかった。


「アンペール2世からの言葉、あいわかった。

 されど、我が方の左翼も敵の増援、数万によって攻撃を受けているのだ。


 即決はできぬ。

 しばし、待たれよ」


 カール11世は落ち着いた口調でそう言うと、自身の目の前でひざまずいていたアントンを手招きして呼びよせ、自ら身をかがめて、アントンにたずねる。


「アントンよ。

 どうやら、貴殿の意見が正しかったようじゃ。


 どうか、朕に教えてはくれまいか?

 いったい、どうすればよい?


 なんぞ、汝に腹案は、あるまいか? 」


 それは、アントンにすべてを丸投げにするような行為だったが、正しい判断でもあった。

 おそらく、この場でまともに思考が働いているのは、アントンか、エドゥアルドだけだからだ。


 そして、アントンには皇帝が求める[腹案]があるようだった。


「はっ、それながら、私(わたくし)が思いますに……」


 しかし、そう言って腹案を説明しようとしたアントンの言葉は、突如鳴り響いた轟音によってかき消される。


 それはまるで、辺りに無数の雷が突き刺さったかのような、連続した、大気を震わせ、腹の底に響くような轟音。


 エドゥアルドはすぐに、それが砲声であると気づいた。

 そしてエドゥアルドは、風車小屋へ走り、ハシゴを駆けのぼっていた。


 なにが起こったのか。

 エドゥアルドには、その予想はついている。


 しかし、自分の目で確認するまでは、それを信じられない。

 いや、信じたくなかったのだ。


────────────────────────────────────────


 非情にも、エドゥアルドの予想は的中していた。

 風車小屋の上に駆けのぼり、共和国軍の陣営の方向に視線を向けると、望遠鏡を使うまでもなくなにが起こっているのかがわかってしまった。


 共和国軍の陣営を、濃密な硝煙が覆っている。

 だが、その硝煙の中で、まるで雲の中で雷がひらめくように、無数の閃光が生まれ、その閃光がひらめいた数秒後に、重厚な、腹の底に響くような轟音が耳に届く。


「これが、[大放列]か……」


 エドゥアルドは、その、共和国軍の陣営から帝国軍へと浴びせられている猛烈な砲撃に圧倒されて、息をのんだ。


 いったい、何門の火砲が、火を噴いているのだろう。

 その数は硝煙に覆われてしまっていて詳しくは数えることができなかったが、少なくとも、優に100門以上はあるだろう。


 その圧倒的な数の火砲が、同じ攻撃目標に向かって指向されている。


 その標的は、連合軍の中央部、ズィンゲンガルテン公国軍だった。


 共和国軍の砲手たちは、装填が終わり次第、次々と、途切れることなく砲弾を放ち続けた。

 そして、無数の砲弾に襲われたズィンゲンガルテン公国軍の兵士たちは、バタバタと、なぎ倒されるように倒れていく。


 明らかに、帝国軍が使用している砲弾とは、威力が違う。

 共和国軍の砲弾は、ズィンゲンガルテン公国軍の兵士たちの直前で炸裂しているようだから、榴弾の一種なのだろうとは思われたが、しかし、その威力は前方に対して集中的に発揮されるようで、砲撃によってズィンゲンガルテン公国軍の隊列はその前列から後列までドミノ倒しのように倒されていた。


 大放列。

 元砲兵指揮官であるムナール将軍は、砲兵を集中運用することで知られ、その戦法はそう呼ばれて畏怖(いふ)されていた。


 その実物を見て、エドゥアルドは、その威力が自身の想像以上であることを知った。


 ズィンゲンガルテン公国軍は、ヴェストヘルゼン公国軍ほどではないものの、帝国軍の中でも有力な戦力だった。

 その兵士たちは十分に訓練されており、平均以上の能力があったのだ。


 しかし、ムナール将軍が展開した大放列は、そのズィンゲンガルテン公国軍の兵士たちを、ほとんど一方的に殺戮(さつりく)していた。

 戦列歩兵たちが装備しているマスケット銃では反撃不可能な距離から砲撃しているのだから、ズィンゲンガルテン公国軍になすすべはない。


 やがて、ズィンゲンガルテン公国軍の隊旗が乱れた。

 いくつかの隊旗が砲声と共に倒れ、今までは共和国軍に向かっていた隊旗も、後ろへと動き出す。


 大放列に圧倒されたズィンゲンガルテン公国軍では、壊走が始まったのだ。

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