第80話:「前夜:2」

 形式的には皇帝の方が格上ではあるが、あくまで、両国は対等な外交関係を持つ独立国である。

 軍議の席では、そういった外交的な配慮がなされていた。


 まず、タウゼント帝国の皇帝、カール11世と、バ・メール王国の国王、アンペール2世とは、2人並ぶように席が用意されていた。

 両国は同じ目的のために出兵した仲であり、盟友であるという考え方から、2人は同じ列に並ぶ対等な立場であるという演出がされたのだ。


 自然と、軍議に出席する人々は、それぞれが仕える主人の座る側にわかれた。


 カール11世の側には、まず、被選帝侯であり、ここまで軍を率いて進んできた、ズィンゲンガルテン公爵・フランツ、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクト、オストヴィーゼ公爵・クラウス、ノルトハーフェン公爵・エドゥアルドが順番に座っている。

 そしてその後ろには他の主要な諸侯が並び、下座の側には、アントン大将を始めとして、帝国軍の将校団が並んでいる。

 アンペール2世の側には、バ・メール王国の主要な諸侯や、将校たちが、帝国側と

ほぼ同様の配置で並んでいる。


 軍議が行われる頃には、すでに日没を迎えていた。

 しかし、軍議の席にはいくつもの石油ランプが吊るされ、昼間と変わらないほどの明るさだった。


 軍議の席ではまず、バ・メール王国軍の将校たちから、帝国軍をこの場所で待つ間に彼らが収集した共和国軍についての情報が説明された。


 まず、ムナールによって率いられている、共和国軍の兵力。

 これは、事前に予想されていた通り、10万程度であるということだった。


 ただ、帝国軍とバ・メール王国軍が侵攻を開始してからそれなりに時間が経過しているため、補強はされているということだった。

 特に、オルタンシアの市民の中から協力者を集め、直接戦闘に参加させるわけではないものの、軍の活動を支援する態勢を整えているのだという。


 そして共和国軍10万は、すでにオルタンシアを出て、帝国軍とバ・メール王国軍の連合軍を迎えうつべく、布陣を整えているということだった。

 ムナールはその配下の全軍を率い、ラパンの街とトルチェの街を結ぶ線にまで前進し、そこで10万の共和国軍に対し防衛態勢をとらせているということだった。


「ほう、すでに、敵はオルタンシアから出て来ておるのか。


 首都を破壊されるのを承知で立て籠もり、市街地戦にでも持ち込まれてはかなわぬと思っておりましたが、これはなかなか、好都合でございますな」


 その共和国軍の状況を知って嬉しそうな声をあげたのは、ベネディクトだった。


「いやはや、こればかりは、まったく、ベネディクト殿に同意でございますな。


 ムナールなる者、共和国の反徒どもの間では、[英雄]などともてはやされておるらしいですが、これまでの戦勝はどうやら、まぐれであったようですな」


 そのベネディクトの隣でゆったりとイスに腰かけていたフランツは、そう言って嘲笑(ちょうしょう)した。


 兵力で劣っているのに、自ら決戦の場に出てくる。

 連合軍に包囲してくださいと言っているようなものだと、そう考えているようだった。


「あるいは、市街地で戦わぬようにすれば、もし敗北しても自分だけなら逃げおおせると、そう考えておるのやもしれませぬな」


 2人の公爵に続いてそう言ったのは、アンペール2世だった。

 すると、集まった諸侯たちの間で、ガハハ、と笑い声が巻き起こる。


 補給不足に苦しむ帝国軍だったが、バ・メール王国軍との合流を果たすことができたうえに、ムナールが兵力で劣るのに、連合軍にとって有利な戦場に出てきているとわかったことで、再び楽観的なムードが広がっているようだった。


 しかし、エドゥアルドは、笑うつもりにはなれなかった。

 これまで帝国軍の疲弊(ひへい)を待っていたムナールが、なんの勝算もなしにのこのこ出てくるとは、思えなかったからだ。


「明日にでも攻撃して、奴らの鼻をあかしてやりましょうぞ」


 そう言ってアンペール2世がテーブルを叩くと、タウゼント帝国、バ・メール王国の諸侯が口々に、そうだ、そうだ、と賛同の声をあげる。

 みな、早く決着をつけてしまおうと、急いでいる様子だった。


「皆様、少し、お待ちくださいませ。

 現状ではまだ、攻めかかるべしと決を下すは、時期尚早であると思われます」


 明日にでも、いや、今すぐにでも、共和国軍に対して決戦をしかけよう。

 そんな雰囲気に傾きつつあった軍議の席で、そう異論を唱えたのは、アントン大将だった。


 すると、口々に主戦論を唱えていた諸侯は、しん、と静まり返る。

 帝国諸侯の間で名の知れているアントンだったが、バ・メール王国にもその名は知られているようで、そのアントンが異議を唱えたということで、なにを言い出すのかと、皆が注目していた。


「今さら、なにを申すのか!

 敵は我が総力の半数、一挙に叩き潰せるではないか! 」


 不快感を隠そうとせずにそう言ったのは、アンペール2世だった。


 ようやく念願がかなって共和国軍と決着がつけられるという時になって、邪魔が入ったのだから、不快に思うのはしかたのないことだっただろう。

 王という存在から睨みすえられたアントンは、それ以上言葉を続けられずに、押し黙ってしまう。


「汝の意見を、申してみせよ」


 しばらく沈黙が続いた後、カール11世はそう言って、アントンに発言をうながした。

 アンペール2世は不満そうではあったが、アントンの意見を聞きたいと思っていた者は、カール11世を含めて、その場に数多くいたからだ。


 カール11世にうながされたアントンは、その場に立ちあがり、カール11世とアンペール2世に向かって深々と頭を下げた。

 それからアントンは、険しい表情で居並ぶ諸侯や将校たちを見渡し、口を開いた。


「陛下のお許しをいただきまして、不肖、アントン・フォン・シュタム、申し上げさせていただきます。


 まず、私(わたくし)が疑問に思いますのは、敵の数が、本当に10万であるのか、ということでございます」

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