・第8章:「ラパン・トルチェの会戦」

第79話:「前夜:1」

 アルエット共和国の、その奥深く。

 首都・オルタンシアまで数十キロメートルという位置にまで、帝国軍はとうとう、迫っていた。


 待ち受けているムナール将軍以下、共和国軍10万の軍勢と帝国軍との間には、ラパン・トルチェ平原が広がっている。


 平原と言ってもまったく平坦なわけではなく、緩やかなうねりのある、少しは起伏のある地域だ。

 しかし、ほとんど地形としては無視し得る程度のもので、そこはまさに、大軍同士の決戦の場にふさわしい場所だった。


 その名前の由来は、その地域に存在する、2つの街の名前から来ている。

 どちらも人口数万程度のそれほど大きくはない街で、その周囲にはいくつもの集落が点在している。


そこに住む人々は、広々とした土地を開拓し、古くから農業によって生計を立ててきた。

 アルエット共和国で最大、そして最良の、穀倉地帯なのだ。


 一面に、もうしばらくすれば収穫の時期を迎える小麦畑が広がり、風車のある集落と雑木林が点在する、のどかな光景が広がっている。


 その、風光明媚(ふうこうめいび)な、田園地帯。


 かつて、そこで不作が起こったことにより、長く続くアルエット共和国の内乱のきっかけとなった場所。

 そしてようやく内乱を乗り越え、新たな実りを待つ、豊かな大地。


 その場所で、帝国軍と共和国軍とが、その雌雄を決する戦いが起ころうとしていた。


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 帝国軍は、決戦を急いでいた。

 もうしばらく待てば小麦の収穫の時期であるとはいえ、それまで待っていられるほど、物資の余裕がないからだ。


 ラパン・トルチェ平原へと達した帝国軍は、すぐさま、バ・メール王国軍と連携をとるべく、アンペール2世へと使者を送った。

 アンペール2世も、帝国軍の到着を待って共和国の首都・オルタンシアに攻め込むつもりでいたから、すぐさま使者を送り返してきて、そして、帝国とバ・メール王国とが共同で、軍議を開くこととなった。


 軍議は、アンペール2世がタウゼント帝国の陣営を訪問する形で行われることとなった。

 今回の出兵は元々、アンペール2世がタウゼント帝国に要請して行われた物であり、両国の力関係も考慮すると、こうした形になるのが自然だと思われたからだった。


 皇帝と、王。

 位の上では皇帝の方が上、とされてはいるものの、互いに一国の国家元首であり、主従関係や明確な優劣などは定められていないため、帝国は形式的にはカール11世を上としつつも、相応に尊重を示した態度でもって、アンペール2世のことを迎え入れた。


 アンペール2世は、39歳。

 まだ中年に差しかかったばかりの、若さもまだ感じさせる、今が一番の働き盛りといった年齢の男性だった。


 帝国との関係は、アンペール2世の妃として、タウゼント帝国の被選帝侯の1つであるズィンゲンガルテン公爵の妹が嫁いでいることから、姻戚関係がある。

 ズィンゲンガルテン公爵、フランツとは義理の兄弟であるということもあり、アンペール2世の到着はまず、フランツが出迎えることとなった。


 フランツの案内でカール11世との対面を果たしたアンペール2世は、まず、今回の出兵について、涙ながらに感謝を述べた。


「皇帝陛下。

 この度の出兵、まことに、感謝に耐えませぬ。


 我が妹、セリアは、共和国を名乗る憎き反徒たちの手にかけられ、しかし、我が力だけでは到底、復讐(ふくしゅう)を果たすことも叶わず。

 毎日が、あまりにも辛い日々でございました。


ですが、皇帝陛下を始め、ここにおられる我が義兄・フランツ殿、また、参陣してくださった帝国諸侯の皆様のおかげで、ようやく、我が妹、そして故なくして王位を奪われ、その命脈を断たれたフランシス5世王の仇(かたき)を討つことが叶います。


 まして、帝国軍は、10万を超える大軍。

 なんとも、心強い限りでございますれば、皇帝陛下にはさっそく、我が軍勢と共に、反徒どもへの鉄槌を加えていただきたく存じます」


 そして、感謝を述べつつも、アンペール2世はすぐさま共和国軍への攻撃を開始するようにとカール11世に迫った。

 その口調には、文字通り、一日千秋の思いで帝国軍を待ち続けていたとう気持ちが、ありありと浮き出ている。


「アンペール2世王よ。

 むろん、朕も、反徒どもを討ち果たさねば、故国には帰らぬという覚悟でおる。

 そこにおるフランツも、他の諸侯もみな、同じ気持ちであろう。


 しかし、まずは、互いに状況を整理し、いかようにして反徒どもを討ち果たすかを、決めようではないか。


 敵将、ムナールは、なかなかの名将と聞いておる。

 我らが力を合わせれば勝つことも叶おうが、しかし、万が一にも、討ち漏らすようなことがあっては、ならぬでな」


 帝国軍としても決戦を急いでいるというのは事実だったが、カール11世はアンペール2世に即答を避けた。

 勢いだけで攻めかかっても、いくら兵力で上回ることができているとはいえ勝つことは難しかったし、事前に、アントンから即答は避けるようにと忠告を受けていたからだった。


「ならば、善は急げと申します。

 早速、軍議を開くことといたしましょう。


 すでに、我が手の者によって、憎き反徒どもの様相は詳しく探りを入れております。

 まずはそれをご説明させていただき、皇帝陛下、そして諸侯の方々と共に、いかように敵を料理するかを決めましょうぞ」


 アンペール2世は今すぐに敵に攻めかかりたいという衝動(しょうどう)を抑え込み、カール11世にうなずいてみせる。


「うむ。

 ご案じなさるな、必ず、我が帝国軍の威力をもってして、王の妹君とその夫の無念を晴らそうぞ」


 カール11世はうなずき返すと、仮の玉座から立ち上がり、ひかえていたフランツ、そして侍従を引き連れ、アンペール2世と共に、軍議の席へと向かって行った。


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