第75話:「略奪:1」
それほど離れていない場所で、いくつもの破裂音が轟いたのは、エドゥアルドがルーシェの用意してくれた野草のサラダとスープをもう少しで食べ終わる、という時だった。
「今のは……、銃声? 」
まだルーシェのことをぎゅっと抱きしめていたシャルロッテが視線を鋭く細めながら音のした方を振り返る。
「ああ、そうらしい。
全軍、ただちに、臨戦態勢をとれ! 」
残っていたスープを急いで喉の奥に流し込んだエドゥアルドも、シャルロッテと同じようにその音の正体に気づいていた。
そしてエドゥアルドは、イスを蹴るように立ちあがるなり、何事かと戸惑ったように音のした方向を見ていた兵士たちに向かって叫んだ。
兵士たちと一緒に食事をするようになっていたことが、幸いした。
ノルトハーフェン公国軍のトップであるエドゥアルドの命令はその一言だけで、ノルトハーフェン公国軍のすべての将兵に伝達され、兵士たちは即座に臨戦態勢を整えるために動き始めた。
「じゅ、銃声、って……。
え、エドゥアルド、さま……」
険しい表情で腰にサーベルを身に着けているエドゥアルドのことを、まだ状況がのみ込めない、いや、信じたくないという様子のルーシェが、不安そうな顔で見つめている。
エドゥアルドはそんなルーシェのことをちらりと見た後、視線を上へと向けて、シャルロッテに向かって命じた。
「シャーリー。
手はず通り、兵士たちの応急処置の準備を始めてくれ。
場所は、僕の寝所にもなっている屋敷をそのまま使え。
これが敵の攻撃であったら、ノルトハーフェン公国軍はここを中心に防御する。
だから、そこが一番、安全だ」
「かしこまりました、殿下」
すると、シャルロッテはすべてを心得たと言うように静かにうなずき、そして、ルーシェを連れて、エドゥアルドが接収して使っていた屋敷へと向かって行った。
再び、発砲音が轟(とどろ)く。
1発や2発ではなく、数えきれないほど、たくさん。
いよいよ、アルエット共和国軍が反撃に出てきたのだろうか。
しかし、それにしては、音が近すぎる。
それはまるで、ソヴァジヌの街の中で、戦闘が起こっているようだった。
────────────────────────────────────────
エドゥアルドがとりあえず護身用のサーベルを身につけただけの状態で、ノルトハーフェン公国軍の指揮所となっている建物へと向かうと、そこにはヴィルヘルムを始め、ペーター・ツー・フレッサーなど、ノルトハーフェン公国の主要な将校たちがすでに集合していた。
だが、すぐには状況がわからなかった。
ソヴァジヌの周辺に出て警戒を行っていた帝国軍からはまだ、敵軍が出現したという報告はなにもなく、また、帝国軍の中枢からも、なにも連絡が来ていないからだった。
自力で、状況を把握するしかない。
エドゥアルドは騎兵に命じて偵察を実施するのと同時に、なるべく高所にのぼって、周囲を直接、その目で確認することにした。
ノルトハーフェン公国軍が指揮所として使っている建物は、元々はソヴァジヌの消防施設だった。
手押しポンプを使用した消防馬車や、消防士たちが待機している場所であり、市内のどこで火災が発生しているのかをすぐに確認できるように、背の高い見張り台もある。
その見張り台にエドゥアルドたちが急いでのぼると、ソヴァジヌの市内から、白い煙が立ち上っているのが見えた。
どうやら発砲音は、火災が起こっているその周辺から聞こえてきている様子だった。
「なんだ?
まさか、共和国軍が、もう市内にまで攻め込んできているのか?
それとも、どこかに隠れていたのか? 」
エドゥアルドは望遠鏡を取り出して火元のあたりを確認してみたが、状況はつかめなかった。
燃えているのはソヴァジヌの民家であるらしいということ、そして、その周囲には、逃げまどう民衆と、帝国軍の兵士たちの姿があるのはわかるが、共和国軍の兵士の姿は見当たらなかった。
いったい、民衆はなにから逃げまどい、そして、なぜ発砲が行われているのか。
「なっ、なにっ!? 」
注意深く望遠鏡越しに見える光景を見つめていたエドゥアルドだったが、あるものを目にして、驚愕(きょうがく)させられていた。
帝国軍の将兵が、逃げまどう民衆に向かって、銃をかまえるのが見えた。
そして、次の瞬間、兵士たちがかまえた銃口に、硝煙の煙が広がる。
その銃口の先にいた民衆が、バタバタと倒れた。
ある者は倒れたまま動かず、別の者は苦しみながらのたうちまわり、他の者は立ち上がって再び逃げようとして、できずにまた倒れ伏す。
望遠鏡越しにも、血が流されているのが見えた。
それも、武器を持たない民衆が、武器を持った兵士たちによって、一方的に傷つけられている。
望遠鏡ごしにその様子を見つめ続けていたエドゥアルドに、兵士たちの別の姿が見えた。
逃げまどう民衆を追って発砲する兵士たちの背後で、別の兵士たちの集団が、建物の扉や窓を銃床で殴りつけ、破壊し、内部へと侵入していく。
そして兵士たちは、建物の中から、手当たり次第に物を奪い去っていっただけではなく、見せしめのつもりなのか、火をかけていく。
もはや、なにが起きているのかは、一目瞭然だった。
共和国軍が攻撃してきて、戦闘になっているのではない。
帝国軍の兵士たちが、ソヴァジヌの民衆に対し、略奪を行っているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます