第74話:「困窮:2」
エドゥアルドが兵士たちと同じ食事をとるようになってから、数日が過ぎた。
あれから、ソヴァジヌに集結した帝国軍にはいくらかの物資が到着し始め、とりあえず飢え死にするという危機は回避できそうな見込みが立ちつつある。
しかし、帝国軍全体が、困窮(こんきゅう)していることには変わりがない。
そしてそれは、帝国軍の駐留先となったソヴァジヌの街の人々も、同じだ。
ソヴァジヌの人々は元々、アルエット共和国で長年続いた戦乱によって、物資の蓄えをあまり持ってはいなかった。
それでも人々は、帝国軍のためにできる限りの物資を提供した。
共和国軍の指揮官、アレクサンデル・ムナール将軍が、ソヴァジヌの街を防衛するための戦力を提供できない代わりに、都市に無防備宣言を出させ、その身を守るために帝国軍の言いなりになることを許容していたからだ。
最初は軍資金によって物資を人々から買っていた帝国軍だったが、やがて物資不足が本格化すると、銃口で脅して物資を奪うようになり始めていた。
ソヴァジヌの人々は自らの身を守るためにやむを得ず物資を提供したから、今のところ兵士による暴力が発生したという報告はない。
だが、ソヴァジヌの街の全体に、不穏な空気が漂い始めている。
帝国軍の将兵も街の人々も、物資の不足からピリピリとした雰囲気になっていた。
人々を脅して、物資を調達する。
最終手段としては、それを実行する他はないだろう。
だが、他国の民衆とはいえ、エドゥアルドはどうしても、武器も持たない無抵抗な人々に銃口を向けるようなことはしたくなかった。
補給の失敗はエドゥアルドたち為政者の側の問題であって、それを、支配されるしかない弱い民衆に負わせるようなマネは、あまりにも不名誉で、不甲斐ないことだと、そう思われたからだ。
幸い、ノルトハーフェン公国軍は、依然として規律を保っていた。
エドゥアルド自らが節約する姿勢を兵士たちの前で示すことによって、兵士たちの士気がなんとか保たれているからだ。
それに、エドゥアルドには、どんなに小さなことでも、自分にできることを一生懸命に頑張って支えてくれるメイドがいる。
「エドゥアルドさま! どうぞ、召し上がってくださいまし! 」
ルーシェが、そう満面の笑みでエドゥアルドの前にあらわれたのは、エドゥアルドが昼食を食べている時のことだった。
今日のメニューは、保存用の固焼きのパンが1つに、わずかにベーコンと野菜の入った味の薄いスープ、そしてチーズがひとかけら。
まだ15歳と、兵士のように肉体労働をせずとも育ち盛りの少年であるエドゥアルドには、全然、物足りないものでしかない。
食べられるだけ、ありがたい。
エドゥアルドが自分にそう言い聞かせながら食事をしている時に、ルーシェが差し出して来たのは、見たこともないような植物が盛りつけられた皿と、少し種類の違う、こちらも見たことのない植物が煮込まれたスープの入った皿だった。
「……ルーシェ、これは、なに? 」
召し上がってくださいというのだから、ルーシェはエドゥアルドにそれを食べろと言っているのだろう。
しかし、エドゥアルドは顔をしかめながら確認する。
見た目だけでなく、どうにもかぎなれないにおいがするからだ。
「ルーシェが集めてきた野草の、サラダと、スープでございます! 」
ルーシェは、胸を張りながら、自信たっぷりにそう言って、2つの皿をエドゥアルドのテーブルに並べた。
やはりルーシェは食べ物としてそれを持って来たらしかったが、エドゥアルドはやはり、手をつけたいとは思わなかった。
においだけではなく、その見た目も、美味しそうだとは思えなかったからだ。
「えっと……、ルーシェ?
これは、なんという名前の野草なんだ? 」
「さぁ?
ルーシェには、わかりません!
でも、食べられます!
美味しいですよ! 」
得体のしれないものなど、少なくともその正体がわからなければ口になどできない。
仮にも、自分はノルトハーフェン公爵なのだ。
決して、好き嫌いをしているわけではない。
そう自分に言い訳をしながらエドゥアルドが問いかけると、ルーシェは少し首をかしげたものの、やはり自信満々の様子で断言して見せる。
「ルーシェ、エドゥアルドさまに少しでも喜んでいただければと思って、今朝早くから野草をつんで参りました!
軽くゆでたのと、ちょっと煮込んだだけなのですが、この野草は絶対に美味しいです!
味見もしました!
どうぞ、エドゥアルドさまも、お試しください! 」
空腹に悩んでいるエドゥアルドのために、ルーシェは頑張ってくれた様子だ。
エドゥアルドが、喜んでくれる姿を見たい。
ルーシェは、そんな希望をキラキラと瞳に輝かせながら、鼻息荒く、エドゥアルドに迫って来る。
(……食べたく、ない)
だが、エドゥアルドは食欲がわかなかった。
確かに空腹ではあったが、我慢できないことはないし、この、変な見た目で、変なにおいのするものをわざわざ食べたくないというのが、正直なところなのだ。
(だって、これ……、草、じゃないか……)
エドゥアルドはそう思いつつも精一杯の笑顔を向け、ルーシェに再度確認する。
「ルーシェ、気持ちは、嬉しいんだけど……。
本当に、これ、食べられるの? 」
「もちろんでございます!
ルーは、エドゥアルドさまにお仕えする以前は、いつも、こういった野草を食べていたのでございます!
中にはもちろん、まずいものもございました。
苦くて硬いものとか、口の中が痛くなったりとか、食べた後にお腹を壊したり、熱を出したりということもございました。
ですが、これは、大丈夫な種類です!
柔らかくて、とっても美味しいのです!
たくさん食べても、病気になったりもしません!
ルーシェ、保証いたします! 」
その時、マーリアと一緒に兵士たちに食事を配給するのを手伝っていたシャルロッテが、ルーシェを背後からそっと抱きしめていた。
「ふへっ!? しゃ、シャーリー、お姉さま!?
ど、どうなされましたか!? 」
「気にしないでください」
シャルロッテはいつもの淡々とした口調で、戸惑うルーシェにそう言うだけだったが、しかし、ルーシェのことを抱きしめたまま放そうとはしなかった。
「もうその辺の草を食べてなくてもいいんだよ」と、ルーシェにそう言っているようだった。
エドゥアルドも、シャルロッテと同じことをしたい気持ちになりながら、テーブルの上に置かれた、ルーシェが頑張って集めた草を見つめる。
ルーシェに、スラム街にいたころのような粗末な食生活はさせまいと、そう決意はしたものの、せっかく彼女が一生懸命に集めてきた[食べ物]を、エドゥアルドが無下にすることもできないだろう。
そして意を決したエドゥアルドは、思い切ってそれを口の中に入れていた。
「……うまい」
不安そうに野草を咀嚼(そしゃく)していたエドゥアルドだったが、すぐにもう一口と、食べ進める。
「でしょう、エドゥアルドさま! 」
そんなエドゥアルドの姿を見て、ルーシェは満ち足りた笑顔で、誇らしそうな様子だった。
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