第71話:「補給問題:2」

 エドゥアルドが、群がるようにして物資の融通を要請して来た諸侯への応対をなんとか済ませた、その翌日。

 さすがに物資の余裕がなくなって、困り顔で対応策をヴィルヘルムと相談していたエドゥアルドを、また、新たに諸侯がたずねてきた。


 今度は、大物だ。

 それは、ノルトハーフェン公国と匹敵する諸侯である、オストヴィーゼ公爵・クラウスだった。


「やぁ、やぁ!

 エドゥアルド殿!


 ずいぶん、景気がいいと、評判ではないか! 」


 クラウスは、エドゥアルドとヴィルヘルムが相談をしていた部屋に通されると、まるで親友に会いに来たかのような満面の笑みを浮かべてそう言った。


 そのクラウスの背後には、彼の跡継ぎであるユリウスの姿もある。

 彼は生真面目な性格なのか、クラウスが見せているあからさまな態度に、少し困惑したような様子だった。


「これは、これは、クラウス公。


 いえいえ、景気が良いなどと、とんでもない。

 こちらも、これからどうすれば良いかで、頭がいっぱいでして」


 そのクラウスの臭い演技で、エドゥアルドにも彼らがなんのためにここにやって来たのかが理解できた。

 なのでエドゥアルドは、あからさまに冷ややかな表情で応じる。


 すでに、ノルトハーフェン公国軍はかなりの量の物資を他の諸侯のために融通してしまっている。

 次に補給を受けられる見通しが立たないというのはエドゥアルドも他の諸侯たちとまったく同じ状況で、打開策も思い浮かばない。


 そんな状況で、オストヴィーゼ公国軍にも物資を融通してしまったら、どうなるか。


 オストヴィーゼ公国は、他の諸侯とは一線を画す存在だ。

 その実力は帝国でも5本の指に入り、今回の戦争には、ノルトハーフェン公国軍に匹敵する規模の、1万3000もの軍勢を引き連れてきている。


 物資を融通するとなると、これまでにエドゥアルドが物資を融通して来た諸侯に渡した物資の合計よりも、さらに多くの物資を渡さなければならないだろう。

 そうなると、いよいよノルトハーフェン公国軍でも物資不足が深刻化し、他の諸侯たちとほとんど変わらない状況に陥ることになる。


「そーんな、つれないことを言わんで欲しいのぅ?

 な? な?

 ワシと、貴殿の仲であろうが? 」


 これ以上物資を失うことは、避けなければならない。

 エドゥアルドはさらなる物資の融通はなんとしても断りたかったが、しかし、クラウスはそんなエドゥアルドの考えに気づきつつも、ぐいぐいと接近して来た。


 エドゥアルドは慌てて、物資の消費量をどこまで切り詰めればよいかを計算するためにテーブルの上に広げていた、ノルトハーフェン公国軍が保有する物資の目録を自身のふところへとしまい込む。

 しかし、時すでに遅く、クラウスはその目録に記されていた数字を見逃さなかった。


「の? の?

 エドゥアルド殿、なんとか、お願いできんかのぅ?


 半分とは、言わん。

 できれば三分の一くらい……、いや、四分の一でも良いのじゃ! 」


 クラウスはにこやかな笑顔で、エドゥアルドの肩を後ろからもみながら、口ではそう猫なで声で媚(こ)びを売りつつ、背後からエドゥアルドにプレッシャーをかけていく。


 厚顔無恥。

 そのお手本のような態度だった。


 しかし、相手はクラウスだった。

 ノルトハーフェン公爵とオストヴィーゼ公爵は同格であり、加えて、今はお互いに盟約を結んでいる。

 無下に断ることは難しい。


 クラウスは、そのことを承知したうえで、エドゥアルドに物資をよこせと言ってきているのだ。


「ほれ、ユリウス。

 お前も、せっかく連れてきたのじゃから、エドゥアルド殿にお願いせんか」


 満面の笑みの中に鋭い眼光を浮かべているクラウスに言われると、ユリウスはエドゥアルドの前まで進み出てくると、エドゥアルドに向かってひざまずいた。

 ユリウスはエドゥアルドよりも少し年長で、近々オストヴィーゼ公爵の位を正式に継承する予定となってはいたが、まだ公爵ではないために、エドゥアルドに臣下としての姿勢を見せたのだ。


「エドゥアルド公。

 なにとぞ、我が将兵のために、お力をお貸しくださいませ」

「そ、そんな、ユリウス殿!

 どうぞ、お顔をあげてください!

 あなただって、もうすぐ、僕と同じ公爵になるのですから、そんなへりくだった態度をとることなんてありませんよっ! 」


 そのユリウスの態度に、エドゥアルドは慌てた。


 貴族にとって、権威というのは重いものだった。

 だから、貴族が頭を下げてなにかを頼むというのは、それ相応の意味を持つことなのだ。


 ユリウスはエドゥアルドよりも年長であり、間もなく同格の公爵位にもつく。

エドゥアルドの内心では、むしろ自分の方がユリウスのことを尊重するべきだと、そう考えていたのだ。


 しかし、立ち上がってユリウスの顔をあげさせようとしたエドゥアルドのことを、背後からクラウスが抑え込んだ。

 そしてクラウスは、驚いているエドゥアルドの耳元に口をよせて、ささやく。


「もちろん、タダで物資をくれ、とは言わぬ。

 他の諸侯と同じく、我々も補給を得られれば、貴殿に物資を利息もつけてお返しいたそう。

 なんなら、先に貴殿からゆずり受けた国境の地、貴殿に返上してもかまわぬよ?


 それに、エドゥアルド殿。

 ワシの跡取りのユリウスは、ワシと違って、律儀じゃぞ? 」


 それは、硬軟織り交ぜた、老獪(ろうかい)な交渉術であった。

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