第68話:「追いかけてきた者たち:3」

 気を失ったルーシェから手を離したシャルロッテは、ルーシェが気を失っただけだということを確認してすっと立ち上がると、まるでなにごともなかったかのような優雅な仕草でエドゥアルドの方を振り向き、気品ある一礼をして見せる。

 公爵家のメイドとして、模範となる立ち居振る舞いだった。


「ご挨拶が遅れて、申し訳ございません。

 公爵殿下。


 殿下のメイド、シャルロッテ、ただいま、参上いたしました」

「あ、ああ。

 よ、よく、来てくれた、シャーリー」


 エドゥアルドは、少しどもりながらシャルロッテにうなずき返す。

 彼女の強い怒りはエドゥアルドへと向けられたものではなかったものの、エドゥアルドにとって怒った彼女はそれだけで恐ろしかったからだ。


「そ、それより、シャーリー。

 どうして、わざわざここまで?


 まさか、ルーシェを連れ戻しに来ただけなのか? 」

「みんなで、話し合って決めたことなんですよ、殿下」


 そしてそのエドゥアルドの問いかけに答えたのは、シャルロッテではなく、メイド長のマーリアだった。

 その存在に気づいていなかったエドゥアルドが声のした方を振り向くと、マーリアはその恰幅の良い体で、手慣れた仕草でエドゥアルドに一礼して見せる。


「マーリア。

 みんな、というのは? 」

「もちろん、あたしに、シャーリー。

 それと、お屋敷の使用人たち、みんなで、ですよ」


 ルーシェを連れ戻すだけなら、シャルロッテだけでも十分こと足りる。

 なのにマーリアまでついて来ていることにエドゥアルドが怪訝(けげん)そうな顔をすると、マーリアは肩をすくめてみせる。


 そこでエドゥアルドは、マーリアの背後にもさらに、何人もいることに気がついた。

 全員ではないが、ヴァイスシュネーでエドゥアルドに仕えている使用人たちだった。


 使用人たちはエドゥアルドが彼らの存在に気づくと、それぞれエドゥアルドに向かって丁寧に一礼をして見せる。

 その光景はまるで、ヴァイスシュネーがこのソヴァジヌに引っ越してきたようだった。


「え、なんで? 」


 エドゥアルドは戸惑い、思わずそんな言葉をもらしていた。

 その場にいるのはエドゥアルドに仕える使用人の全員ではなく、マーリアやシャルロッテを始め、特に近しいものや立場のある者たちだけであったが、エドゥアルドには彼らを呼んだ覚えはない。

 戦場に必要なのは兵士であって、メイドや執事ではないのだ。


「だって、不公平じゃないですか、公爵殿下! 」


 すると、マーリアが少し不満げな表情で、エドゥアルドになぜ彼女たちがここにやって来たのかを教えてくれる。


「あたしゃ、公爵殿下を産湯におつけして以来ずっと、殿下にお仕えして来たんですよ!?

 それなのに、公爵殿下の一世一代のご活躍の場に、ついて行くこともできやしない。


 それなのに、突然お屋敷を抜け出したルーシェが、たった1人だけ、公爵殿下のお側にいるっていうじゃありませんか!


 そりゃ、あたしらだってルーシェはかわいいですがね、殿下の言いつけを破ったルーシェだけ殿下のお側にいられて、殿下の言いつけを守ってるあたしらが置いてきぼりじゃぁ、筋が通らないでしょう? 」


 言われてみれば、マーリアの言い分はもっともだった。


 エドゥアルドのことが心配で、その力になりたいと思っているのは、シャルロッテやマーリアも同じなのに。

 それなのに、エドゥアルドの指示を守らなかったルーシェだけが、お咎(とが)めもなしにエドゥアルドに同行している。


 公爵としての実権を得る際に、兵士たちの前で[信賞必罰]を誓ったエドゥアルドの振る舞いとしては、明らかにふさわしくない。

 ルーシェに、甘すぎると言われても、反論のできないことだった。


 押しかけて来た使用人たちは、マーリアの言葉に、そうだ、そうだと賛同するようにうなずいていた。

 別に、ルーシェのことを悪く思っているわけではないが、ルーシェがエドゥアルドとともに従軍するのであれば、自分たちも同じことをしてもいいだろうと思っているようだ。


 どうやらマーリアたちは、ヴァイスシュネーを維持するのに必要な使用人たちは残し、特にエドゥアルドと親しかったもの、使用人たちの間で相応の地位にいた者、後は志願者の中からくじ引きで人員を選び、はるばるエドゥアルドを追いかけて来たようだった。


(前代未聞、だぞ……)


 自分にも責任のあることとはいえ、エドゥアルドは内心で頭を抱えざるを得なかった。


 貴族が、使用人を従えて従軍する。

 それは、その身分から言えばあり得ないことではないし、実際に多くの諸侯が戦場に使用人を引き連れてきている。


 しかし、その多くは、諸侯の護衛も兼ねた、戦闘の心得のある者、男性たちだった。

 マーリアやシャルロッテのような、女性のメイドはいない。


 そんな使用人たちに、いったい、戦場でなにをしてもらうのか。

 なにをさせることができるのか。


 その点においても、マーリアたちはしっかりと考えてきている様子だった。


「もちろん、お役に立ちますよ、殿下。

 兵隊たちの衣服の洗濯とか、なんでも。

 戦っている最中は、殿下の陣営で、負傷兵の手当てもいたします。


 そのために、ヴァイスシュネーで一通り、訓練もしてきておりますので、どうぞ、頼りにしてくださいな」


 数十人の使用人たちをどう扱うべきかで悩んでいるエドゥアルドの前で、マーリアはそう言って胸を張って見せる。

 今さら、ダメなんて言いませんよね? と、自信ありげな態度だった。


「……わかった、わかったよ、マーリア。

 他の皆も、ここまで意志が固いというのなら、僕から今さら、帰れなんて言うことはできないよ。


 ただし、万が一のないよう、戦闘の際は自分たちの身を守ることを考えて欲しい。

 負傷兵の手当ても、なるべく安全な距離を取った場所でおこなうように」

「かしこまりました、公爵殿下」


 観念したようにエドゥアルドが使用人たちに同行する許可を出すと、マーリアは満足そうに一礼するのだった。

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