第47話:「姻戚関係」

 タウゼント帝国が、バ・メール王国が起こした懲罰戦争に加わらなければならないその理由は、両国の間に姻戚関係が存在しているからだった。

 バ・メール王国の国王、アンペール2世の王妃が、タウゼント帝国の被選帝侯の1つ、ズィンゲンガルテン公爵家の出身なのだ。


 その王妃の名は、フィリーネ・オヌール。

 元々の名前をフィリーネ・フォン・ズィンゲンガルテンといい、現ズィンゲンガルテン公爵の妹にあたる人物だった。


 参戦に至る経緯は、こうだった。

 自身の妹とその夫を処刑され激怒したアンペール2世が、アルエット共和国に対する懲罰戦争を実行するために、まず、姻戚関係にあったズィンゲンガルテン公爵家に参戦の要請を行った。

 ズィンゲンガルテン公爵家はタウゼント帝国でも5指に入る有力な貴族だったが、さすがに独力で外国の戦争に介入するだけの力はなく、参戦の要請を皇帝へと伝え、そして、カール11世がその要請に応じて参戦を決定するのに至ったのだ。


 カール11世自身に直接の姻戚関係はなかったのだが、しかし、タウゼント帝国の特殊な皇位継承制度が、皇帝にその判断を下させた。


 タウゼント帝国では皇帝位は世襲ではなく、その代替わりは、5つの被選帝侯の中から皇帝選挙で候補者を選んで行われる。

 そしてその選挙には、先の皇帝を出した公爵家は、候補を出してはいけない決まりになっているのだ。

 つまり、カール11世の出身であるアルトクローネ公爵家は、次の世代では必ず、他の公爵家から出た皇帝に仕えねばならないということになる。


 そして、ズィンゲンガルテン公爵家は、その被選帝侯の1つであり、タウゼント帝国の中でも大国だった。

 温暖な気候の帝国の南部に領地を有するズィンゲンガルテン公国は実り豊かな土地柄で、そこに住む人々は裕福であり、その分、国自体の国力も大きかった。

 そんなズィンゲンガルテン公国だから、これまでに数多くの皇帝を輩出(はいしゅつ)してきている。


 そのズィンゲンガルテン公国からの要請を無下に断れば、カール11世の息子、アルトクローネ公爵の立場が危うくなる。

 もし次の皇帝選挙でズインゲンガルデン公爵家から皇帝が生まれれば、アルトクローネ公爵家に対して報復的な行動を起こすかもしれないからだった。


 だからカール11世は、ズィンゲンガルテン公爵家と姻戚関係にあるバ・メール王国からの要請にこたえなければならなかったのだ。


 それが、懲罰を加えるという理由で、帝国にとって実質的な利益はなにも望めないのだとしても。

 貴族にとって、血縁というつながりは、それほど重大な意味を持つことだった。


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 皇帝からの使者がノルトハーフェン公国を訪問し、皇帝からの招集を告げたその時から、公国は慌ただしく出征の準備を開始した。


 タウゼント帝国の諸侯には、そのそれぞれの領地の国力に合わせて、一定の軍役が定められている。

 ノルトハーフェン公国の場合は、その常備軍の約半数を持って皇帝の下に参陣しなければならなかった。


 その兵力は、歩兵だけに限っても、1万名にもなる。

 その他の支援戦力も合わせて考えれば、その数は1万5000程度にも膨れ上がる。


 それだけの人数を集め、皇帝が諸侯の集結地点として指定した、アルエット共和国との国境地域まで行軍し、皇帝の下に参陣しなければならないのだ。

 期日も限られていることであり、エドゥアルドはその準備のためにかかりきりとなり、クルトとの鉄道事業についての楽しい計画談義は中止せざるを得なかった。


 自身も出征の準備のために自領へと戻っていくクルト男爵を見送ったエドゥアルドは、宰相であるエーアリヒや、もっとも信頼している軍事指揮官であるペーター、ブレーンであるヴィルヘルムらを呼び出し、軍隊を動かすために必要な手続きと準備を忙しく整えて行った。


 そして必要な指示を出し終え、やや疲れたエドゥアルドが休息をとるためにコーヒーでも飲もうと自身の部屋に戻ると、そこでは、心配でたまらないという様子のルーシェが待っていた。


「エドゥアルドさま!


 戦争に行ってしまわれるって、本当でございますか!? 」


 噂が広まるのは、本当に早い。

 エドゥアルドはルーシェにはまだなにも言ってはいないのだが、慌ただしく出征の準備を始めた兵士たちの姿を見て、使用人たちはなにが起こっているのかを悟ったのだろう。


「ああ。……皇帝陛下から招集があった。


 僕は、軍を率いて参陣しなければならない」


 エドゥアルドが公爵のイスに腰かけながらそう言うと、なにも言わずとも疲れているエドゥアルドのためにコーヒーの準備を始めていたルーシェは、「うーっ」っと、不安でたまらなさそうなうなり声を漏(も)らす。


 だが、彼女も手慣れたもので、手早くエドゥアルドのためのコーヒーの準備を整えた。

 ルーシェがいれてくれたコーヒーを一口すすり、いつも通りエドゥアルドの好みを完璧に叶えたその味わいにほっとして、エドゥアルドは「ぁー……」と、気の抜けたような声をあげていた。


「エドゥアルドさま。


 私は、エドゥアルドさまに、戦争に行って欲しくないです」


 そんなエドゥアルドに、ルーシェは(これを言っても、いいのでしょうか? )少し迷ってから、やはり言わずにはいられないという様子でそう言った。


「私には戦争ってよくわかりませんが、たくさんの人が傷つけあうのですよね?

 あの、シュペルリング・ヴィラで、フェヒター準男爵の私兵と戦った時みたいに。


 兵隊さんたちが傷つくのも嫌ですが、ルーは……。

 もし、エドゥアルドさまになにかあったら、どうすればよいのか、わからなくなってしまいます……」

「皇帝陛下の、ご命令なんだ」


 エドゥアルドとしては、心の底からエドゥアルドの身を案じてくれる、ルーシェのいじらしい様子が嬉しかった。

 だが、事情が事情であるだけに、そう答える他はない。

 タウゼント帝国の貴族であるからには、皇帝の命令は絶対であるのだ。


 さすがにルーシェも、エドゥアルドの近くでメイドとして働いているのだから、それくらいのことは理解している。

 だから彼女はそれ以上、エドゥアルドの出征に反対するようなことは言わなかった。


 その代わり、


「それなら……、ルーも、エドゥアルドさまと一緒に、戦争に行きます! 」


 そう、とんでもないことを言い出した。

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