第46話:「招集」

 タウゼント帝国の皇帝、カール11世からの招集命令を伝える使者が訪れた時、エドゥアルドは自国の鉄道建設についての計画を進めるために、クルト・フォン・フライハイトという、30歳の男性と会っているところだった。


 クルトはノルトハーフェン公国の周辺諸侯の1人で、皇帝に直接仕えている、[準]のつかない男爵、帝国の下級貴族だった。

 茶色の髪を長くのばし、口ひげを持つ男性で、ノルトハーフェン公国がオストヴィーゼ公国と盟友となったことに影響されて、ノルトハーフェン公国と外交関係を結ぼうと接触して来た1人だった。


 エドゥアルドにとって彼は周辺諸侯の1人であり、他の諸侯と同じような条件で安定的な通商関係を結び、2人の関係はそれ以上でも、それ以下でもないありふれたものとなるはずだった。


 しかし、エドゥアルドが鉄道事業を開始しようとしていることを聞きつけたクルトが、その鉄道事業について興味を示し、自身も参加したいと申し出てきたことで、2人は以後、大きなかかわりを持つことになった。


 クルトは帝国の下級貴族ではあるが、自身の領地に鉱山があったことから幼い頃より産業機械に親しみがあり、男爵位を継承するまでの間、産業革命の先進地域であるイーンスラ王国に留学し、最新式の技術を学んだ経験のある人物だった。

 その知識は彼の領地にある鉱山の経営に生かされるはずだったが、クルトはそれだけでは物足りず、もっと大きな事業を実現したいと考えていた。


 その事業が、鉄道事業だった。

 イーンスラ王国で、鉱山で採掘された鉱物の運搬に用いられていた蒸気機関車による鉄道の効果を目の当たりにしたクルトは、いつかそれを自身の領地にも導入したいと考えていた。


 しかし、彼は男爵だった。

 帝国のれっきとした貴族ではあったが、彼の領地は小さく、鉄道を建設するだけの資金力はなく、また、建設したところで彼の領地単独ではさほど意味をなさなかった。

 路線が短すぎるし、なにより、彼の領地で生産される資源は、他の領地、その多くがノルトハーフェン公国に輸出されていたからだ。


 クルトは自身の領地の小ささを嘆いていたが、たまたま、エドゥアルドと面識を持ち、そしてエドゥアルドが鉄道事業を起こそうとしていることを知った。


 それからクルトは、自らの留学の経験をもとに、鉄道事業の計画を作り、エドゥアルドへと提案を行った。

 クルトは自身だけでは鉄道を開通させることは難しかったが、エドゥアルドの構想に加わることにより、自国にも鉄道を延伸してもらうことができるだろうと期待したからだった。


 だが、その鉄道事業の計画は、エドゥアルドがそれまでに見たことのあるどんなものよりも具体的で、実現性のあるものだった。

 クルトはイーンスラ王国で試験的に開業していた鉄道の実物を目にしており、その運用を観察して、彼なりの改善点や工夫などを様々に考え、以前から鉄道事業について構想を思い描いていたためだった。


 エドゥアルドはすぐさま、自らクルトの男爵領を訪問し、鉄道事業への参加を要請した。

 その行動の素早さ、そして公爵であるにも関わらず、エドゥアルドの方が年少だとはいえ、爵位では格下であるクルトを自らたずねてきたエドゥアルドの丁重な態度に、クルトは驚きを隠せなかった。

だが、元々鉄道事業に参加したくてエドゥアルドに鉄道事業の計画を提案していたこともあり、その場で協力を快諾(かいだく)してくれた。


 そうして、クルトは測量技師などを連れて、自国からノルトハーフェン公国までの鉄道をどのように敷設(ふせつ)するかを決めるための測量を実施し、後日、その路線計画の素案を持ってエドゥアルドを訪れたのだった。


 そんな2人が将来の計画について楽しそうに話し合っていた時、タウゼント帝国の皇帝からの使者がやって来た。


 クルトは一度引き下がろうとしたが、皇帝からの使者は「フライハイト男爵殿にも関係のある話でございますから」と引き留め、エドゥアルドに書状を差し出してから用件を述べた。


 それは、皇帝からの、軍を招集するという知らせだった。


 その攻撃目標は、王制を打倒し、[共和国]を名乗ったアルエット王国、いや、アルエット共和国だった。

 バ・メール王国からの要請に応じ、皇帝カール11世はタウゼント帝国の諸侯を動員して、アルエット共和国に対する懲罰戦争を行おうとしていたのだ。


「承知いたしました。

 必ず、期日までに、我が公国の精兵を持って、皇帝陛下の御前に参上いたしましょう」

「私(わたくし)も、微力ながらも参陣し、力をつくす所存です」


 皇帝からの正式な招集命令なのだから、その皇帝に仕える身であるエドゥアルドもクルトも、断ることなどできない。

 2人がそう言って招集命令を承知すると、皇帝からの使者はかしこまってそれを拝聴し、うやうやしい態度で、皇帝に報告をするためにエドゥアルドたちの前を辞していった。


「クルト殿。どう思われますか? 」


 使者が去って行ったのを確かめると、エドゥアルドはあまり嬉しくはなさそうな表情でクルトにそうたずねていた。

 するとクルトも、いかにも困った、という表情で肩をすくめてみせる。


「あまり、嬉しくはありませんね。


 戦争となれば、出費がかさみますから。

 鉄道の開通は、先延ばしになってしまうでしょう」


 皇帝の下に参集し、帝国のために戦う。

 それは帝国の諸侯にとって名誉ある行為であり、義務でもあった。


 しかし、今は内政に専念し、産業化の波に乗り遅れることなく、富国を達成したいエドゥアルドやクルトにとっては、タイミングが悪かった。

 皇帝の命令による出兵ではあったが、その費用は基本的にすべて、諸侯が負担することになるからだ。


「残念ですが、いたしかたないことと考えるしかありません。


 鉄道の建設に着手するためにはまだまだ、計画を練らねばなりませんし、せいぜい、戦争が終わるまでの間にその計画だけでも立てておけるよう、なんとかやっていくことにいたしましょう」

「エドゥアルド公爵のおっしゃる通りにいたしましょう。

 私(わたくし)も公爵殿下も出征に加わらねばなりませんから、直接、計画を練るわけにはいかなくなってしまいますがね」


 2人はそう言い合って、出征しなければならないという事実を受け入れようとしたのだが、最後にはやはり、残念そうにため息をついていた。

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